祖父の鉛筆

小学五年の碧生は、算数の宿題を祖父の佐久郎に見てもらう。

佐久郎は問題を解かない。短くなった鉛筆を一本渡し、「どこまで分かる」と訊くだけだ。

鉛筆は六角形で、塗装が剥げ、木の匂いがする。佐久郎が工場で図面を引いていた頃から、同じ銘柄を使っているという。

ある日、碧生は分数の文章題で止まった。何度読んでも、何を割ればよいか分からない。

「先生の説明、分かりにくい」

「分からんときは、ものを置く」

祖父は台所から蜜柑を二つ持ってきた。一つを半分、もう一つを四つに切る。皿の上で並べると、教科書の数字が急に果物になった。

二人で答えを出したあと、蜜柑を食べた。指先に皮の香りがつき、鉛筆を持つと木と柑橘の匂いが混じる。

宿題を終えた碧生は、鉛筆を筆箱へ入れようとした。

「それ、もらっていい?」

「短いぞ」

「短いほうが、机に近いから」

翌日の教室で使うと、友達に古い鉛筆だと笑われた。それでも書きやすかった。芯が柔らかく、間違えた跡も薄く残る。

週末、碧生は新しい鉛筆を一本、佐久郎へ持っていった。二人で同じ長さになるまで使おうと言う。

祖父は新品を指で転がし、「ずいぶん遠いな」と笑った。

居間の卓上には、短い鉛筆と長い鉛筆が並んだ。窓辺の蜜柑籠から甘い香りがし、削り器の中には新しい木屑が細く巻かれていた。

学期末、碧生は算数のテストで一問間違えた。消した跡のそばに、蜜柑を描いて考え直した問題だった。答案を佐久郎へ見せると、祖父は点数より鉛筆の長さを確かめた。新品はもう半分ほどになり、古い一本は削れないほど短い。佐久郎は短いほうを小さな硝子瓶へ入れた。「使い切ったものは、捨てなくてもいい」と言う。次の蜜柑を二つ剥き、皮をストーブの上へ置く。部屋に甘い香りが広がり、長い鉛筆の芯が紙の上を柔らかく走った。

瓶の底で短い鉛筆はもう字を書けない。それでも碧生が難しい問題へ向かう日は、佐久郎が瓶を机の中央へ置く。木屑と蜜柑の香りが、答えより先に手を動かした。