神託から消えた母
霜鳥絢世の住む第九市では、十二歳になる子どもへ〈御統〉が生涯配置を告げた。学校も職業も居住区も、本人が最も社会へ貢献できる場所に決まる。
息子の映真に届いた神託は、隔離育成区だった。
〈将来の秩序阻害確率、〇・〇〇二一パーセント〉
低い、と絢世は思った。だが市の平均は〇・〇〇〇〇三だった。親族による異議申立ては、愛着による判断汚染として認められない。
窓口の職員は、声を落として教えた。
「第三者後見人なら申立てできます。ただし、親族ではないことが条件です」
絢世はその日のうちに、親権と相続権と家族登録を返上した。端末に指を置くと、〈御統〉が尋ねた。
〈この者を、あなたの子ではないと認めますか〉
「認めます」
映真は隣で唇を噛んでいた。
申立ては棄却された。
その夜、家の端末から「母」の項目が消え、保護者手当も家族用住居も失った。映真の学校記録には、絢世は〈任意支援者〉と表示された。翌週、担任が「ご家族はいません」と読み上げたとき、映真は絢世を見なかった。隔離区の近くは家賃が高く、絢世は昼の配送と夜の清掃を掛け持ちした。母でなくなったことで、母としてしていたことは一つも楽にならなかった。
それでも絢世は第三者後見人として隔離区へ通う資格を得た。面会室では「お母さん」と呼ぶことが禁じられ、映真は毎週、わざと大きな声で「霜鳥さん」と呼んだ。
絢世は算数を教え、靴下の穴を繕い、嫌いな豆をスープの底へ隠した。監視記録には、支援行為とだけ残った。
十八歳の再審査で、映真の阻害確率は基準以下になった。〈御統〉は、隔離教育の成功例として彼を市へ戻した。
門を出た映真は、迎えに来た絢世へ言った。
「僕は、母親に捨てられた子なんだって」
絢世の喉が固まった。
「でも霜鳥さんがいたから、世界まで嫌いにならずに済んだ」
彼は紙袋から、食堂でもらった林檎を半分差し出した。
「家族じゃないなら、これから友達になってくれる?」
絢世は受け取った。神託の上では、彼女は母ではなかった。だからこそ、もう誰の許可もなく、彼の隣を歩けた。