穀倉印が渡った正午

王都の収穫祭で、アデライサ・ベルクマンは婚約者バルテオ・ルスケルに壇上へ呼ばれた。

「北部反乱軍へ王家の穀倉路を流した罪により、婚約を破棄する!」

ざわめきの中、彼が掲げたのは、彼女しか知らないはずの輸送経路だった。だがアデライサは泣かず、胸元から折り畳んだ婚約契約書を出した。

「第十二条をお読みください。婚約発表日の正午をもって、穀倉印と輸送路の管理権はルスケル家へ移る、とあります」

契約書へ指を置くと、証文魔法が起動した。紙上に正午の鐘と、穀倉印を受け取るバルテオの姿が浮かぶ。経路が敵へ渡ったのは、その三時間後。彼女には印へ触れる権限さえなかった。

アデライサは半年かけて、飢饉の村へ一日でも早く穀物を運べる道を選んだ。その仕事を婚約後は夫となる者へ引き継ぐのが、両家の約束だった。鍵を渡した日の寂しさまで、彼女は覚えている。ところがバルテオは、その道を守る代わりに、彼女の努力ごと罪の通路へ変えた。客席には、彼女が経路を設計したことを知る者もいたが、誰も口を開かなかった。だからこそ彼女は、他人の善意ではなく、契約に語らせた。

「偽物だ!」

「王家の契約紙は、署名者の記憶を封じます。あなたもご存じでしょう」

アデライサが静かに返すと、最前列にいた帝国皇太子ゼフィリオ・アルカディアが立った。条約視察のため来訪していた彼だけが、彼女の説明にうなずいた。

「穀倉路の漏洩は帝国との交易にも関わる。証文は正式に受理する」

バルテオの顔色が失せる。

「待て、誤解だった。婚約破棄は撤回する。君なら私を支えられる」

その言葉に、アデライサは初めて笑った。

「支えていた手を、あなたが罪人として踏みつけたのです。もう差し出しません」

契約書を彼の足元へ置き、自分から背を向ける。ゼフィリオは命令せず、ただ階段の下から掌を差し出した。

「帝国には、権限の所在を読める方が必要だ。来るかどうかは、あなたが決めてほしい」

祭りの鐘がもう一度鳴る。アデライサは振り返らず、皇太子の手を取った。