空き巣はカレーを煮ていた
母の一周忌を終え、父と兄妹が空き家になった実家へ戻ると、台所からカレーの匂いがした。
玄関の鍵は壊れ、裏の窓が開いている。
「空き巣が夕飯を作る?」
弟が言った。
「毒かもしれない。触るな」
父は警察へ電話した。
高価な物は何も盗まれていなかった。仏壇の写真も、母の指輪も、兄の置き忘れたゲーム機もそのまま。鍋だけが弱火で煮え、食卓には四枚の皿が並んでいた。
「家族構成を知ってる人ですね」
警察官が言った。
そのとき、食品庫からくしゃみが聞こえた。
出てきたのは、六年前に家を出た姉だった。
父が結婚に反対し、姉が「二度と帰らない」と言って以来、連絡は弟とだけ細々と続いていた。
「どうして窓から入った」
「古い鍵が途中で折れた。業者を呼ぶお金がなくて」
「だから不法侵入か」
「ここ、まだ私の実家だと思ってた」
「思ってるだけで入っていい場所じゃない」
「分かってる。だから帰ろうとしたら、パトカーが来た」
警察官は笑いをこらえながら、家族で話し合ってくださいと言い残した。
鍋の火を止めると、姉は母のレシピ帳を出した。
「今日は、母さんのカレーを食べる日だったから」
毎年、命日には母が作った辛口カレーを食べる約束を、姉だけが覚えていた。
父は皿を見た。
「四枚しかない」
「私は食べずに帰るつもりだった」
弟が棚からもう一枚出した。
「侵入者の分」
「犯罪者みたいに言うな」
「窓から入った人の分類としては近い」
五人で食卓へ座った。
味は母のものより甘かった。姉が辛いものを苦手な夫に合わせたらしい。
「母さんの味じゃないな」
父が言うと、姉の箸が止まった。
「でも、これはこれでうまい」
父は続けた。
「結婚相手にも食わせてるのか」
「今度、本人に聞けば」
許したとも、帰ってこいとも言わなかった。
食後、父は壊れた鍵を机へ置いた。
「次からは連絡しろ。合鍵を渡すかどうかは、そのあと決める」
「まだ反対してる?」
「反対と、会わないことは別だと、最近やっと分かった」
実家は翌月売却された。
最後の片づけの日、姉は玄関から入り、夫も連れてきた。
鍋だけは五人で相談し、姉が持ち帰った。
空き巣事件として始まった夜は、家族がもう一度、正面の扉を使うための最初の事情聴取になった。