空席の顔認証

斑目傑が実家の写真を整理することになったのは、祖母が施設へ入る前日だった。二十六歳の傑は画像管理アプリの開発者で、紙焼きの家族写真をクラウドへ移せば、親戚ごとのアルバムを自動生成できると考えた。

仏間の箪笥から出たアルバムには、明治から現在まで同じ籐椅子が写っていた。祝い事のたび、家族の端に一脚だけ空席がある。祖母の覚え書きは、最初の頁に一文だけ挟まれていた。

《家族写真の空席に、名前を付けてはいけない》

理由を尋ねても、祖母は「座っている人が分からなくなるから」としか言わなかった。

傑は写真を一枚ずつ読み込んだ。アプリは曾祖父や大叔母を正しく分類したが、空の椅子にも毎回、顔検出の枠を出した。拡大すると、座面の編み目の中に目と口らしい影がある。年代が新しくなるほど、その顔は傑に似ていた。傑が生まれる前の昭和の写真でも、座面の影だけは今の髪型と輪郭を持っていた。アプリはその影を《同一人物・信頼度九八%》と判定した。

写真の裏書きも妙だった。空席がある写真だけ、撮影者欄に家族の名がなく《椅子》と記されている。祖父の葬儀写真では、参列者全員が空席へ目を向け、棺だけが画面の外へ押し出されていた。

家族グループへ送る前に誤認識を直したかった。学習用の仮タグなら消せる。傑は一度だけ、空席の枠へ自分の名前を入力した。

「斑目傑」

処理が終わると、全写真から傑本人の姿が消えた。成人式では母の隣が空き、大学卒業式では友人が誰もいない場所へ肩を回している。その代わり、どの年代の籐椅子にも、二十六歳の傑が同じ服で座っていた。

慌ててタグを削除しようとしたが、候補一覧に傑の名がない。プロフィール画面には《この人物は写真の所有者ではありません》と出た。

翌朝、家族グループへ祖母から写真が届いた。施設の食堂で、空の椅子を囲んだ記念写真だった。祖母のメッセージは短い。

《傑もちゃんと来てるね》

その直後、スマートフォンが振動した。

《斑目傑さんがファミリー共有から退出しました》

画面の黒い反射には、スマートフォンだけが宙に浮いていた。