空欄駅

民俗学研究室の資料庫で、昭和五十二年の聞き書きを見つけた。

《時刻表にない駅で扉が開いたら、駅名標の空欄を声に出して読んではいけない。字が見えても、見えないふりをすること》

調査者の名は墨で消され、余白に「一名、駅になった」とだけあった。

戸叶敬は笑ってスマホに撮った。卒論の題材に困っていたし、こういう断言調の禁忌は、土地の境界意識を示す便利な例になる。ところが、その夜の終電は二つの駅の間で減速し、車内表示から路線名が消えた。

扉の外には、蛍光灯が一本だけ点いたホームがあった。降りたのは敬だけだった。電車はすぐに去り、駅名標には左右の実在する駅名だけが残り、中央は白く塗られている。

通信は圏外だったが、カメラの文字認識は動いた。白い部分に青い枠が現れ、画面下に候補が出る。ホームのベンチには、削り取られた名札が何枚も並び、どれも駅員用ではなく社員証や学生証の形をしていた。敬はその一枚に、自分の証明写真と同じ傷があるのを見た。

「戸叶敬」

肉眼では何も見えない。敬は録画を回し、資料の信憑性を確かめるつもりで、たった一度だけ読み上げた。

「とかの、けい」

白い板の奥で、濡れた筆を引くような音がした。次に来た電車へ飛び乗ると、いつもの路線に戻れた。動画にはホームも声も映っておらず、暗い窓に敬の顔だけがあった。

翌朝、交通系ICアプリから利用履歴の訂正通知が届いた。

《入場駅名が確定しました》

昨日まで空欄だった項目には「戸叶敬」と表示されていた。問い合わせると、チャット担当者は「正式登録済みの駅です」と答え、駅コードまで送ってきた。

出勤のため改札にカードを触れる。液晶は残額ではなく、見慣れない案内を出した。

《戸叶敬駅 本日の乗降客数 一名》

電車に乗り、会社の最寄り駅が近づいたころ、車内放送が少しだけ途切れた。

『次は――戸叶敬、戸叶敬です』

乗客全員が立ち上がった。

敬のスマホでは、地図の現在地を示す青い点が、彼の胸の上で駅の記号に変わっていた。