空荷で帰る四十台
辺境都市の南門で、救援麦千袋が雨に濡れていた。
三日前の洪水で川沿いの五村が孤立し、備蓄は今夜で尽きる。だが運送組合は「軍用馬車は十二日先まで予約済みだ」と荷主を追い返した。臨時荷役の名取琢馬が、門の反対側を指したときも、組合長は鼻で笑った。
そこには海塩を運び終えた馬車が四十台、荷台を空にして南へ帰る支度をしていた。
「帰り道に荷を載せます」
「塩商の車だ。穀物運びではない」
琢馬は返事の代わりに、救援麦を一台二十五袋ずつ並べた。行きの運賃はすでに塩代へ含まれている。御者には空荷で帰るより銅貨十五枚多く払い、村側の負担は新しい馬車を雇う額の三分の一にした。
話を聞いた御者たちは、組合長より先に手綱を置いた。
「空で揺らすより、そっちがいい」
四十台の幌が一斉に開く。濡れた袋は乾いた荷台へ移り、二刻かかるはずの車集めは不要になった。正午の鐘が鳴る前に、千袋すべてが南門を出た。
翌朝、伝令鷹が戻った。脚の筒には、五村の印が並んでいた。
《麦千袋、夜明け前に受領。欠損、零》
雨脚はさらに強まり、南門の外では新しく雇うはずだった馬車を探す使者が、まだ一台も見つけられずに戻ってきた。もし空車を見送っていれば、麦は門内に残ったままだった。
帰路の塩馬車は、麦を積んでも予定の街道を一歩も外れない。増えたのは積み下ろしの半刻だけ。御者四十人へ払った追加賃は銀貨二十四枚で、救援専用車四十台の見積もり二百九十六枚より遥かに安い。しかも帰りの荷重で車輪の跳ねが減り、破れた袋は一つもなかった。
五村の代表は受領札の裏へ、次の帰り荷候補を書いた。干し魚、木炭、薬草。南へ向かう空荷は、その日だけの偶然ではなく、毎週利益を生む道へ変わった。
救援費の帳面には、予定していた銀貨四百枚ではなく百二十八枚と記された。組合長が「偶然、道が同じだっただけだ」と言い張る横で、塩商たちは次の復路に載せる品を取り合い始めた。
辺境伯は濡れた任命状を琢馬へ差し出した。
「今後、この街を空荷で走る車は一台も出すな。復路輸送所の長は、お前だ」