竜の宣戦布告を訳し直せ

国境城の下級通訳ロエンは、王太子から「口だけの荷物」と呼ばれていた。

剣も魔法も使えず、できるのは異国語を人語へ直すことだけ。しかも竜語を学んだと言っても、宮廷竜学士は鼻で笑った。

【固有スキル《等価翻訳》:意味を持つ表現を、音声・文字・形態を問わず、指定した受け手が理解できる形式へ置き換える】

三日前、兵が谷から竜の卵を持ち帰った。直後から母竜が城上を旋回し、同じ咆哮を繰り返した。

竜学士は「城を明け渡せ。さもなくば焼く」と訳した。王太子は民を盾に籠城を宣言し、卵を勝利の証として玉座脇へ飾った。

ロエンだけが異を唱えた。

「その咆哮に、城という語はありません」

「なら、炎に焼かれてから訂正しろ」

日没、空が赤く割れた。母竜の口から、城を呑む太さの竜息が放たれる。騎士は逃げ、竜学士は机の下へ潜った。

ロエンは城壁へ出た。炎の渦には、鱗と同じ螺旋が幾重にも浮かんでいる。あれも形を持つ表現だ。

彼が翻訳を向けると、火炎は巨大な文字列へ変わった。

――盗んだ者から、子を返せ。

攻撃ではない。奪還命令だった。

ロエンは玉座の卵を抱え、王太子の外套をその上へ被せて城壁へ置いた。竜息は民家を避け、細い腕のように曲がる。炎は外套だけを焼き、卵を傷一つなく空へ運んだ。

母竜は去り、焦げた外套の裏から国境軍の略奪許可証が落ちた。王太子が卵を盗ませた証拠だった。

兵たちの視線が、一斉に王太子へ向く。

王太子はなおも「竜を逃がした反逆者だ」とロエンを指した。だが国境兵は誰も剣を抜かない。焦げた外套へ残った竜炎がもう一つの形を描き、卵を谷から運び出した王太子直属兵の姿を映したからだ。竜学士まで膝をつき、自分は命じられた訳を読んだだけだと白状する。

民を焼くはずだった竜より、民を盾にした王族のほうが恐ろしい。城門の兵は王太子の退路を閉じた。

ロエンの前に、金色の文字が開いた。

【職業《下級通訳》が上位職《竜象翻訳官》へ書き換わりました】