竜肉は六十二度で眠る

「肉の温度が分かるだけ? 無能だ。厨房に温度計など要らん」

王城料理人の選定で、リオグは前掛けを取り上げられた。

【固有技能:《芯温》――触れた食べ物の中心温度を、一度だけ正確に知る】

火を出せるわけでも、味を良くするわけでもない。料理長はそう笑い、リオグを薪運びへ回した。

その夜、竜公セランを迎える和平晩餐が開かれた。主菜は百年火竜の腿肉。だが竜肉には厄介な性質がある。生焼けなら血中の火虫が客の腹で孵り、焼きすぎれば石のように硬くなる。王城では外側が黒くなるまで炙るのが常識で、これまで誰も「安全で柔らかい竜肉」を食べたことがなかった。

試食した竜公は、皿へ短剣を突き立てた。刃が肉に弾かれ、銀皿が割れる。

「これを我らへの侮辱とするか、料理人への無知とするか。選べ」

広間の空気が凍った。和平が破談になれば、北の峠で向かい合う両軍は夜明けに戦う。厨房では料理人たちが次の腿肉をさらに強火へ掛けようとしていた。焼けば焼くほど安全になる――その思い込みこそが、肉を石へ変えている。

リオグは薪置き場から銅鍋を運び、肉を油紙で包んだ。大鍋の湯へ沈め、熱湯と井戸水を少しずつ足す。触れては六十一度、六十三度、また六十二度へ戻す。前世の厨房で覚えた低温調理なら、火虫を殺しながら肉汁を逃がさない。

一刻後、表面だけを強火で焼いた。香ばしい匂いが広間を満たす。切れば、中心は淡い薔薇色だった。

料理長が青ざめる。

「生だ!」

「中心は六十二度で一刻。火虫はもう死んでいます」

竜公は自ら一切れを口へ入れた。牙が抵抗なく肉を断ち、目が細くなる。二口目には短剣を置き、三口目には皿を引き寄せた。

「我が故郷でも、竜肉は噛み切るものではなく、戦って砕くものだった」

竜公は薪運びの札を指で燃やした。

「無能と判定した者を呼べ。今夜から王国との和平条件を一つ増やす」

セランは空になった皿をリオグへ差し出した。

「この男を、我が国の料理教師として貸し出せ」