笑顔の時給
黒岩真帆の時給は、声に含まれる共感の量で決まった。
通販会社の相談窓口では、通話中の表情、呼吸、声の震えをAIが採点する。共感八十点以上なら一件ごとに手当がつき、五十点を下回れば再研修だった。
真帆はすぐに上達した。苦情には眉を寄せ、落胆には半秒遅れて息をのみ、相手が怒鳴ったときほど声を柔らかくする。心の中で夕飯を考えていても、画面には〈寄り添い九十三〉と表示された。
三年後、真帆は部署で一番稼ぐ相談員になった。
高校生の娘が失恋して帰ってきた夜も、真帆は正しい声を出した。
「つらかったね。話してくれてありがとう。あなたの気持ちは――」
「お母さん、その喋り方やめて」
娘は泣きながら部屋へ入った。真帆の腕時計には、家庭用感情アプリの通知が浮かんでいた。
〈親子共感度・七十八。改善の余地があります〉
翌日、夫を亡くしたという客から、注文した喪服が届かないと電話があった。画面には推奨文が出た。
〈お悔やみを申し上げます。さぞお力落としのことでしょう〉
真帆は読みかけて、やめた。
受話器の向こうで、女性が何度も鼻をすすった。配送の確認なら三分で済む。平均処理時間を超えれば減点される。それでも真帆は黙っていた。
やがて女性が言った。
『誰かが、切らずにいてくれるだけでよかったんです』
通話は二十一分続いた。共感点は三十四。手当は消え、上司から警告が届いた。
帰宅すると、娘が居間で膝を抱えていた。真帆は隣に座った。励ましも、要約も、質問もしなかった。腕時計が低得点を知らせたので、外して裏返した。
長い沈黙のあと、娘が肩を寄せてきた。
真帆は翌月、歩合のない部署へ異動を願い出た。収入は減ったが、夕食の席では以前より言葉が少なくなった。
娘は失恋の続きを少しずつ話した。真帆は途中で答えを探したくなるたび、手のひらを握った。正しい返事をしない時間は不安だったが、娘は前より長く居間に残った。
その少なさを採点する機械は、もう家にはなかった。