約束を破ってから書く

柚木原沙都は、青い封筒を破り、中の紙を読んだ。

天童寺将吾と朽木野彩葉が息を呑む。三人は、開封しないと約束したばかりだった。封筒の表には〈共同情報。全員の同意なく開封禁止〉とある。

沙都は紙を伏せ、そのまま投票用紙に自分の名前を書いた。

壁の規則は一行だけだった。

〈投票時点で仲間を裏切っている人物へ投票した者のみ、生存とする〉

「自分が裏切り者だと認めるのか」と将吾が言う。

「今、なったから」

二人は笑わなかった。開始から八分、三人は「裏切り者」という言葉を、主催者が事前に与えた秘密役職だと思い込んでいた。将吾は彩葉の不自然な沈黙を疑い、彩葉は将吾が何度も時計を見ることを責めた。

しかし役職札は一枚も配られていない。規則にも「一名」「あらかじめ」「指定された」といった言葉はない。

沙都が破った封筒の紙には、たった一文が印刷されていた。

〈裏切り者は、まだ存在しない〉

「罠だ」と彩葉が囁く。「その紙自体が嘘かもしれない」

「だから紙は証拠じゃない。約束を破った行為が証拠」

残り三十秒。将吾は彩葉へ、彩葉は将吾へ票を投じた。二人とも、相手が秘密の裏切り者だという推理を捨てきれなかった。

集計灯が点く。

〈柚木原沙都の投票先――柚木原沙都〉

〈投票時点の裏切り行為――共同合意の破棄〉

〈正解〉

沙都の首輪だけが緑に変わった。

『自作自演は正解とは呼べません』

天井の声に、沙都は開いた封筒を掲げた。

「自作でも、裏切りは裏切り。あなたは私たちに疑い合ってほしくて、裏切り者を名詞にした。でも本当は動詞だった」

将吾が悔しそうに目を伏せる。沙都は出口へ向かう前に、伏せていた紙を二人へ見せた。

「次のラウンドがあるなら、秘密の役を探さないで。誰が、いつ、何を裏切ったかだけ見て」

扉が閉じる直前、主催者が規則文から「投票時点で」という五文字を消そうとした。だが、判定記録にはもう残っていた。