紅蓮の矢は主を忘れない
王宮の冬至夜会で、聖女エリシアの悲鳴が楽団を止めた。
赤い火矢が彼女の白いヴェールを貫き、背後の柱へ突き立っている。聖なる護りのおかげで傷はない。だが、火矢の尾にはヴァンダイク家の紋章が揺れていた。
「アルシェラ、とうとう一線を越えたな」
王太子レナードは聖女を抱き寄せ、広間の中央で宣言した。
「嫉妬から聖女を焼こうとした罪により、君との婚約を破棄する」
ざわめきが波のように広がる。アルシェラは一度だけ唇を結んだが、涙は落とさなかった。
「殿下。告発された術は《紅蓮矢》で間違いございませんか」
「紋章まで残っている。言い逃れは無駄だ」
「では、防壁官にお尋ねください」
壁際にいた王都防壁官セヴランが歩み出た。彼はアルシェラを庇う言葉を口にせず、天井から吊られた透明な防壁核へ手を触れる。
防壁核は、夜会中に放たれた攻撃魔法の軌道を一筋だけ再現した。
赤い光はアルシェラの立っていた場所には向かわない。エリシアの胸元のブローチから生まれ、柱を回り込み、自分のヴェールを射抜いていた。最後に浮かんだ術者印も、聖女の祈祷登録と同じ金色だった。
「王宮の防壁核は、術の見かけではなく魔力の出生点を記録します」
セヴランの説明はそれだけだった。
エリシアがブローチを押さえ、レナードは青ざめる。
「これは……聖女を狙った真犯人が、彼女の道具を利用したのだ。アルシェラ、婚約破棄は撤回する。今回だけは許そう」
「許される罪を、私は犯しておりません」
アルシェラは静かに答えた。
「そして殿下は、証拠を見る前に私を罪人と決めました。撤回なさるのは宣言ではなく、ご自身の判断力への信頼でしょう」
レナードが伸ばしかけた手を、彼女は見なかった。
セヴランは防壁官の黒い外套を翻し、掌を差し出す。
「北砦では、紋章より軌道を見る者を求めている。来るかどうかは、あなたが決めてください」
王太子妃の席は豪華だった。けれど、疑われるたびに赦しを乞う椅子でもある。
アルシェラは元婚約者に背を向け、自分の足で一歩進み、セヴランの手を取った。