終点のひとつ手前
郡司晴登が七年ぶりに故郷へ向かったのは、母から留守番電話が入っていたからだ。
『帰ってくるなら、終点のひとつ手前で降りて。絶対に眠らないでね』
最終の特急には、盆でもないのに喪服姿の客が多かった。花束を抱えた老人、骨壺らしい包みを膝に置く女。誰も話さず、車内販売も来ない。
向かいの老人が、突然「お若いのに、何年目ですか」と尋ねた。
「七年ぶりです」
「私は十三年目です。去年は玄関まで帰れました」
意味を聞こうとしたとき、列車はトンネルへ入った。明かりが戻ると、老人も花束も消え、座席だけが濡れていた。
晴登は母へ電話をかけたが、呼び出し音の代わりに遠い踏切の音がした。
窓の外はずっと暗かった。
眠るつもりはなかったのに、気づくと車内には晴登しかいなかった。
『終点、久遠野です』
聞いたことのない駅名だった。
ホームには出口も時計もなく、古い新聞だけが壁に貼られていた。
〈帰省客を乗せた特急、豪雨で脱線〉
〈死者十四名〉
七年前の日付だった。
名簿の十一人目に、郡司晴登、二十九歳、とある。
額の奥で、金属が折れる音がよみがえった。母への土産が宙を飛び、窓の向こうで山肌が近づいてきた夜。
「一駅、乗り過ごしましたね」
背後に車掌が立っていた。
「ひとつ手前なら、お墓まで帰れます。ここで降りれば、家の中まで帰れますよ」
「違いは何ですか」
「家まで帰った方は、次に来るとき、家から一人連れてきていただきます」
晴登は列車へ戻った。
ひとつ手前の駅で扉が開くと、そこは町外れの墓地だった。夜明け前の坂を、白髪の母が一人で上ってくる。晴登の墓前に缶コーヒーを置き、震える声で言った。
「おかえり。七年も迷っていたのね」
晴登が呼んでも、母には聞こえない。
だが列車の発車ベルが鳴ると、母は顔を上げた。
「晴登?」
初めて目が合った。
母は泣きながら、開いた扉へ近づいてくる。
『お連れ様がお決まりになりましたら、ご乗車ください』
車内放送が促した。
晴登は、家まで帰りたかった。
だから母の手がまだ温かいことを確かめてから、強く握った。