終点まで七駅
茜が終電へ乗り込んだとき、車内には白い光が均等に余っていた。
窓際の広告も、銀色の手すりも、誰も座っていない座席も、昼間より輪郭がはっきりしている。ドアが閉まり、床下でモーターが低く回り始める。ごう、と速くなり、線路の継ぎ目を二度たたき、少しゆるむ。終点までは七駅だった。
今日、地方支社への異動を打診された。断っても評価は変わらない、と上司は言った。行けば仕事は広がる。残れば今の生活を守れる。どちらを選んでも、帰宅した部屋で報告を待っている人はいない。
一駅目で、紺色の制服を着た女性が乗ってきた。病院かホテルの帰りらしく、髪を低い位置で結び、紙袋から小さなおにぎりを出した。包装を開く音が、空調の風よりはっきり響いた。
女性は一口食べるたび窓を見た。窓にはトンネルの黒さと、二人分の顔が重なっている。目が合うことはなかった。二駅目で空調が強まり、三駅目で照明が一瞬だけ揺れた。女性は食べ終えた包装を丁寧に折り、紙袋へ戻した。
四駅目。雨粒が窓へ斜めに走り始めた。線路の音は雨に包まれ、それでも同じ間隔で続いている。女性は降りる前、座っていた場所を手のひらで一度だけ確かめた。忘れ物がないかを見る、ごく普通の動作だった。
ドアが開き、冷たい空気が入る。女性はホームの自動販売機の前で立ち止まり、温かい飲み物のボタンを押した。缶が落ちる鈍い音まで聞こえた。やがてドアが閉まり、姿は白い柱の向こうへ流れた。
残り三駅。車内はまた茜一人になった。
けれど、さっきまで誰かが座っていた座席には、わずかなへこみが残っている。仕事を終え、おにぎりを一つ食べ、温かい缶を買って帰る人の夜が、短いあいだ同じ車両を通った。
茜は異動の回答画面を閉じた。今夜決めなくても期限には間に合う。七駅ぶん考え続けても、正しい答えが現れるわけではない。
終点の案内が流れた。モーターの回転がゆっくりほどけ、雨のホームが近づく。茜は傘を鞄から出し、まだ開かずに膝へ置いた。
帰る部屋が静かでも、今夜の自分まで急いで結論で満たさなくていい。最後の一駅を、一人でただ揺られていられる気がした。