終電には乗せない曲
地方駅〈風待〉が無人化されることになり、桐ヶ谷歌澄は最後の駅員になった。
彼女の声で流れる案内放送も、月末で終わる。
「まもなく一番線に――」
柔らかいのに遠くまで届く声を、音響担当の萩生田鷹臣は五年間、調整室で聞いてきた。
歌澄は退職後、東京の声優養成所へ通う。
鷹臣は新しい自動放送を整備し、駅に残る。
最後の発車メロディーを作ってほしい、と頼まれた夜、鷹臣は彼女の声を音符へ置き換えた。
「お気をつけて」の上がり方。
遅延放送で「申し訳ありません」と言うときの、小さな息継ぎ。
酔客を起こすときだけ低くなる声。
出来上がった曲を聞き、歌澄は首をかしげた。
「どこかで聞いたことがある」
「駅の音を集めただけです」
「嘘。誰かへの手紙みたい」
「旅立つ人全員への」
本当は一人だけだった。
鷹臣は何度も告白しようとした。
だが歌澄は、東京へ行く理由を話すたび言った。
「帰る場所を作りたくないんです。失敗したとき、逃げて戻りそうだから」
自分が待っていると伝えれば、彼女の夢に非常口を作る。
それが優しさなのか、重荷なのか、鷹臣には決められなかった。
最終日、ホームには町の人が集まった。
歌澄自身も、勤務を終えたあと上りの終電へ乗る。
発車ベルの代わりに、鷹臣の曲が流れた。
歌澄は窓から身を乗り出し、調整室の彼へ手を振った。
「この曲、題名は?」
構内マイクが彼女の声を拾う。
鷹臣は送話ボタンを押した。
言おうと思っていた題名は〈歌澄〉だった。
けれど口にしたのは別の言葉だった。
「『よい旅を』です」
扉が閉まる。
列車が動き出す。
彼女は笑い、曲の旋律を口ずさんだ。
自分の声から作られた恋の歌だと知らないまま。
翌月、駅は無人になった。
録音された歌澄の案内と、鷹臣のメロディーだけが、毎日正確な時刻に流れた。
東京で彼女がその音を思い出したかは分からない。
電話も手紙も来なかった。
それでも鷹臣は曲を変えなかった。
告白としては届かなかった。
けれど彼女を引き止めず、出発させる音としてなら、あの片思いは最後まで正しい役目を果たしたと思えた。