終電の次に来るもの

 終電まで、あと四分だった。

 改札前の電光掲示板を見上げながら、真帆は「友達のままが一番だよ」と言った。

 遼一は、送別会でもらった花束を抱え直した。明日の朝には福岡へ発つ。大学時代から続いた六人組で、最初に遠くへ行くのが彼だった。さっきまで全員がいた居酒屋では、昔の写真を順番に見せ合い、誰も別れの話をしなかった。

「それ、今日三回目」

「大事なことだから」

「去年、仲間の二人が別れて、集まりが半分になったから?」

 図星だった。二人の破局後、グループチャットでは、誰を誘えば誰が既読をつけなくなるかを考えるようになった。六人用に予約した席に四人しか来ない夜もあった。

 真帆はその帰り、遼一に言ったのだ。私たちは絶対、友達のままでいよう、と。

 それは約束というより、保険だった。好きになっても失わずに済むように。二人きりで映画に行っても、誕生日の零時にメッセージを送っても、全部「友達」で片づけられる便利な保険。

 発車ベルが短く鳴った。

「向こうで彼女できたら、写真送って」

「友達のままなら?」

「ちゃんと祝う」

「真帆が結婚しても?」

「受付やってよ」

 遼一は笑わなかった。花束の包み紙だけが、彼の指の中で鳴った。

「じゃあ聞くけど。今日、俺が行くの、寂しい?」

「そりゃ、友達だから」

「俺は、その答えが一番困る」

 ホームへ続く階段から人が駆け上がってくる。あと一分。ここで何かを言えば、六人の関係は変わる。何も言わなければ、真帆だけが変われない。

 スマートフォンが震えた。六人のチャットに〈次は全員で福岡ね〉と届く。真帆は返信欄を開き、閉じた。

 電車の扉が開いた。遼一が一歩だけ下がる。

「乗らないの?」

「真帆が乗れって言うなら乗る」

「友達のままがいい」

 言ってから、真帆は首を振った。

「違う。友達のままじゃ、もう嫌だった」

 告白には足りない声だった。それでも遼一は、花束をベンチに置いた。

 閉扉のチャイムが鳴る。真帆は彼の袖をつかむ代わりに、自分の定期券をバッグへしまった。

 二人の前で終電の扉が閉まり、空の車両がゆっくり動き出した。

 真帆は六人のチャットではなく、遼一との個別画面を開いた。消しかけていた〈着いたら連絡して〉を、そのまま送った。