終電を一本見送って
大学時代の友人の結婚式で、環は三年ぶりに慧を見た。
新郎新婦より先に見つけてしまったのが悔しくて、披露宴では一度も目を合わせなかった。けれど帰りの駅で、ホームへ続く階段が点検中になり、二人は同じ狭いエレベーターに押し込まれた。
「変わってないね」
慧が言った。何を指しているのか分からないふりをして、環は濡れたパンプスの先を見た。
「そっちも」
終電まで七分。電光掲示板の数字が、話せる時間を勝手に数えていた。
別れた理由は一つだった。慧はいつか子どもが欲しくて、環は欲しくなかった。仕事や自由のためではない。説明できる傷があるわけでもない。ただ、自分の人生にその未来を置けなかった。
三年前、慧は「気が変わるかもしれない」と言った。環は、その期待を背負ったまま愛されるのが苦しくて別れた。
「今、東京なんだって?」
「うん。転職した」
「変わってない?」
二度目は質問だった。
環は笑おうとして失敗した。「変わってないよ」
慧は小さくうなずいた。がっかりした顔ではなかった。それがいちばん困った。
ホームに電車の風が届く。あと二分。
「俺は、変わった」
「どういうふうに」
「気が変わるのを待つの、やめた。人の人生を仮予約みたいに扱うの、だめだった」
謝らないで、と言いかけて飲み込んだ。謝罪を受け取れば、また好きだと認めることになる気がした。
電車が滑り込んだ。扉が開き、乗客が吐き出される。
「じゃあ」
慧は乗った。環も一歩進み、けれど敷居の手前で止まった。
「変わってない」
三度目は、声が震えた。
慧が振り返る。
「子どものことは。今も変わってない。でも、あなたを好きだったことまで、なかったことにはできてない」
発車ベルが鳴る。
慧は何も言わず、車内から降りた。環も何も言わなかった。
扉が閉まり、終電が二人の前を去っていく。タクシー乗り場は反対側だったが、環はそちらを見なかった。代わりに、駅前の二十四時間営業の喫茶店を検索し、画面を慧に見せた。