繭の内側で名前をなくす
粉挽き小屋の地下で、十七人の子どもたちは息を殺していた。
床板の上を、灰喰い犬の爪が掻いている。夜明け前に人間の匂いを見つければ、犬どもは煙のように隙間から入り込み、肺の中で牙を生やす。
階段の前に立つヴァルネスは、もはや人の形を半分しか残していなかった。背には白い蛾の翅、口の代わりに巻いた管、六本の腕。けれど一番幼いアーニェだけは、彼を怪物と呼ばなかった。
「また繭を作るの?」
ヴァルネスはうなずいた。
彼の糸は、記憶を撚ってできる。楽しかった記憶ほど厚く、誰かを愛した記憶ほど匂いを消す。繭に包まれた者は灰喰い犬から見えなくなるが、糸にした思い出は二度と戻らない。
最初の糸には、まだ人間だった頃の食卓を使った。母が焼いた黒パンの匂いが消え、十四人を包めるほどの白布になった。
次に、雨の日に妹と踊った記憶をほどいた。妹の顔がぼやけ、残り二人の繭が閉じた。
そのとき、天井が割れた。
灰色の鼻先が突き出し、地下へ腐った息を吹き込む。アーニェだけが階段の陰に取り残されていた。ヴァルネスの腹には、もう糸にできる温かな記憶がほとんどない。
「私のことは使わないで」
少女は震えながら言った。
彼は、管の奥で笑おうとした。
アーニェが初めて彼を見つけた冬。石を投げる大人たちの前に立ち、「このひとはヴァルネス」と、名前を返してくれた記憶。それだけは最後まで残すつもりだった。
爪が床板を突き破った。
ヴァルネスはその記憶を引き抜いた。
糸は眩しいほど白く、少女を包み、地下室いっぱいに広がった。灰喰い犬は匂いを見失い、朝の鐘が鳴る前に遠ざかっていった。
日が昇ると、子どもたちは一人ずつ繭を破った。アーニェは床に伏した巨大な蛾へ駆け寄り、粉まみれの翅を抱いた。
「ヴァルネス。私だよ」
その音に意味はなかった。
六本の腕は少女を避け、翅から防御の鱗粉を散らした。彼の中には、人間だった証拠も、守った理由も、自分を呼ぶ言葉も残っていない。
白い怪物は、泣いている小さな生き物を怖がらせぬよう、暗い天井へ静かに張りついた。