肉まんの湯気で見えない
期末試験の最終日、校門を出たところで、進路希望票をまだ出していないことを彼女に責められた。
「今日までだよ」
「知ってる」
「知ってて白紙?」
「決められない」
商店街のコンビニへ入り、最後に残っていた肉まんを一つ買った。財布を出したのは彼女だった。店を出ると、冬の風が制服の隙間へ入り込んだ。
「半分ね」
彼女は袋の上から肉まんを割った。形はきれいに分かれず、私のほうに餡が多く残った。
「ずるい」
「買った人の権利」
「じゃあ、そっちが多いほうでしょ」
「今日は逆」
湯気が白く立ち、彼女の顔を一瞬隠した。
彼女は春から東京へ行く。美術の学校に合格している。私は地元の大学へ進むつもりだったが、本当は同じ町を出て、映像を学びたかった。家の事情も、成績も、言い訳はいくらでもあった。
「一緒に来いとは言わないよ」
彼女は肉まんを見ながら言った。
「でも、残る理由を私にしないで」
胸の奥を見抜かれた気がした。
「別に、あなたのためじゃない」
「なら、書けばいいじゃん。地元って」
私は黙った。
彼女は自分の半分を食べ終え、冷えた指を息で温めた。
「決めるのが怖いなら、第一志望だけ本音を書けば。受かるかどうかは、そのあと怖がればいい」
コンビニのガラスに、制服姿の二人が映っていた。春には並ばなくなる影だった。
私は鞄から進路希望票を出し、膝の上で広げた。紙は何度も折ったせいで柔らかくなっていた。
第一志望の欄へ、東京の学校名を書いた。
書いた瞬間、行ける気がしたわけではない。むしろ怖さは増えた。それでも、自分がどこへ行きたいのかだけは、初めて紙の上に現れた。
「字、震えてる」
彼女が笑った。
「寒いから」
「肉まん、もうないよ」
「半分しかくれなかったから」
彼女は空の袋を私の手へ押しつけた。まだ少し温かかった。
翌日、担任へ進路希望票を渡した。先生は学校名を見て眉を上げたが、何も言わず受け取った。
教室へ戻ると、彼女が窓際で親指を立てた。
肉まんの湯気に隠れていた顔が、今度ははっきり見えた。