茶葉は三分だけ
「お茶は三分、蒸らします」
侍女のミレアは、毎朝きっかり同じことを言った。
白磁の壺を温め、茶葉を量り、王女フィオナの机から昨夜の手紙を片づける。華やかな宮廷で、彼女の仕事だけは驚くほど地味だった。砂糖は二つ。ミルクはなし。窓辺の花は東へ半歩。王女が寝不足なら茶葉を一摘み減らすが、その気遣いを口にしたこともない。
その朝も、砂時計を返したところで、給仕扉が音もなく開いた。
入ってきた男は給仕服を着ていたが、靴底に泥がなかった。袖の内側で、毒針が一度だけ光る。狙いは王女の喉。
フィオナが息を吸うより早く、ミレアは砂糖壺の蓋を落とした。
小さな陶器の音が、ことん、と鳴る。
次の瞬間には男が消えていた。
フィオナに見えたのは、銀の盆へ落ちた毒針と、給仕扉の脇で揺れる壁掛けだけだった。けれど磨かれた湯沸かしの腹には、すべて映っていた。
ミレアが男の手首を茶匙で打ち、崩れた身体を片腕で受け止め、壁掛けの裏へ滑り込ませる。床に刻まれた古い転送紋を踵で一度踏む。男は悲鳴を上げる暇もなく、闇へ沈んだ。
その技を、フィオナは禁書の挿絵で見たことがあった。
七王国の戦争を一夜で終わらせ、二十年前に姿を消した伝説の暗殺者――《宵鴉》。
戻ってきたミレアは、毒針を茶こしへ落とした。銀が黒く変色する。彼女は眉一つ動かさず、茶こしごと炭入れへ捨て、壁掛けの乱れを直し、男が残した袖の糸くずを指先で摘んだ。
「今の……あなたなの?」
震える声で尋ねると、ミレアは王女の前へカップを置いた。
「何のお話でしょう」
「でも、湯沸かしに――」
ミレアは布を一度滑らせた。曇っていた銀面はたちまち澄み、そこにはもう、平凡な侍女と青ざめた王女しか映っていない。
砂時計の最後の一粒が落ちた。
ミレアは何事もなかったように壺から茶を注ぐ。毒も、敵も、王国を揺らす陰謀も、香り高い湯気の向こうには一欠片も残っていなかった。
そして最初と同じ穏やかな声で言った。
「お茶は三分、蒸らします」