葬式の三日前

姉から電話が来たのは、葬式の三日前だった。

受話器は濡れていた。窓の外はよく晴れているのに、耳を当てると、姉の声の向こうで激しい雨が降っていた。壁の時計は九時十二分を指したまま、秒針だけが震えている。

「聞こえる?」

「聞こえるよ。そっちはまだ雨?」

姉はそう尋ねた。私は答えず、テーブルに置かれた白い花を見た。母が選んだものだ。姉は派手な花が嫌いだったから、きっと気に入る。子どもの頃、雨の日には一本の傘へ二人で入り、姉だけ右肩を濡らした。受話器の雨音を聞くと、その肩ばかり思い出した。

橋の上で車が滑った夜、運転していたのは姉だった。対向車のライトを避け、ハンドルを切り、欄干を破った。水に沈むまでの数分を、私は何度も夢に見た。

「ごめんね」

姉の声は、雨に溶けそうだった。

「もういい。事故だったんだから」

「でも、私がハンドルを切らなければ」

「二人とも助からなかったかもしれない」

電話線のない黒電話が、低く唸った。これは祖母の家の納戸から出てきたもので、死者の声を一度だけ運ぶと母は言った。そんな話を信じたわけではない。ただ、姉に言えなかった言葉が多すぎた。

私は、子どもの頃に川へ落ちた私を姉が助けてくれたこと、進学を諦めて働いてくれたこと、最後の晩にくだらない喧嘩をしたことを話した。姉はときどき笑い、ときどき黙った。妙なのは、こちらの物音が何一つ姉に届かないことだった。花瓶を倒しても、椅子を引いても、姉は気づかなかった。逆に、姉の側では誰かが何度も襖を開け、名前を呼んでいるらしい。私には雨以外、何も聞こえなかった。

やがて雨音が遠ざかった。

「明後日、白い服でいいかな」

姉が訊いた。

「うん。似合うと思う」

「あなた、白い花が好きだったものね」

廊下で母の泣き声がした。姉の側からだ。次いで、受話器の向こうで母が言った。

「聞こえた? あの子、あなたを責めてなかったでしょう」

姉は息を詰めた。

明後日、白い服を着せられるのは私だった。姉から電話が来たのは、私の葬式の三日前だった。