葱は斜め切り
羽住宗一郎が十歳の小田切千砂を里親として迎えて、半年がたった。
宗一郎は町の製本所で働き、破れた頁や外れた背表紙を直している。紙の扱いには慣れていたが、子どもとの暮らしには説明書がなかった。
朝、味噌汁を作るたびに訊いた。
「葱は輪切りと斜め切り、どっちがいい」
「どっちでも」
「豆腐は大きい方がいいか」
「普通」
「普通の大きさとは」
「朝から質問が多い」
千砂は眠そうな顔で食卓へ座った。
宗一郎は、選ばせることが優しさだと思っていた。
千砂が前にいた家で何を食べ、何が嫌いだったのか、分からないことが多い。勝手に決めて嫌われるより、全部訊いた方が安全だった。
けれど千砂は、夕飯の献立から歯磨き粉の味まで尋ねられるたび、少し疲れた顔をした。
ある日曜日、宗一郎が風邪をひいた。
熱は低かったが、台所へ立つと体が重い。
「朝ごはん、パンでいいか」
「寝てて」
千砂は冷蔵庫を開けた。
鍋へ水を入れ、顆粒だしを振り、豆腐を手の上で切る。宗一郎が布団から見ていると、葱を斜めにざくざく切った。
「斜め切りなんだな」
「切りやすいから」
「豆腐は大きめ」
「崩れるから」
好みではなく、千砂なりの都合だった。
味噌汁は少し薄かった。
豆腐は不揃いで、葱の青いところが多い。それでも湯気に味噌の香りが立ち、宗一郎の冷えた喉へやさしく落ちた。
「おいしい」
「本当?」
「製本屋は、嘘の感想を言わない」
「本には感想を言わないでしょう」
千砂が笑った。
次の朝、宗一郎は質問せず味噌汁を作った。
葱は斜め切り。豆腐は大きめ。千砂は何も言わず食べ、最後に椀の底の葱まで箸で集めた。
「明日は卵を入れてみるか」
「いいよ」
「訊いてない」
「じゃあ、勝手に入れて」
それは初めて許された勝手だった。
食卓の隅には、千砂が学校で作った家族紹介の紙が伏せてあった。
宗一郎は見ようとしなかった。必要なら、本人が見せるだろう。
代わりに二人分の椀を洗い、同じ布巾の上へ並べた。
台所には味噌と葱の香りが残り、窓硝子は朝の湯気で白く曇った。
家族になる方法は、頁を順番どおり綴じることとは違う。
それでも明日の朝も同じ鍋を火にかければ、少しずつ一冊の暮らしになっていく気がした。