西日の境界線
放課後の教室には、机を引きずる音だけが残っていた。
窓側の列を元へ戻す係になったのは、くじ運の悪い宇佐見千紘と蓬田朔良だった。去年まで毎日一緒に帰っていたのに、春からは必要なことしか話していない。理由は、どちらも覚えているふりをして、たぶん二人とも正確には覚えていなかった。
「そっち持って」
「持ってる」
「持ってる人の机は、そんな斜めにならない」
西日が床のワックスに長い四角を作っていた。教室は広い。二人しかいないと、机一つ動かすだけで大げさな出来事になる。
最後の一台を持ち上げたとき、天板の端に一本の線が見えた。油性ペンで引かれた、少し曲がった境界線。その左に「うさみ」、右に「よもぎだ」とある。
一年の春、席替えまでの一週間だけ、机が足りなくて二人で一台を使った。消しゴムが線を越えた、教科書が越えたと騒ぎ、そのくせ昼休みには弁当を真ん中へ並べた。
「まだ残ってたんだ」
朔良が指で線をなぞった。
「消す?」
「係の仕事なら」
千紘は雑巾を濡らした。線は何度こすっても薄くなるだけで、完全には消えない。朔良も反対側からこすり始めた。二人の指が真ん中でぶつかった。
「春のこと、怒ってる?」と朔良が言った。
「そっちが怒ってると思ってた」
「先に別の子と帰ったから?」
「そのくらいで怒らない」
「じゃあ何で話さなくなったの」
「そっちが話さないから」
答えになっていない、と同時に言って、二人とも笑った。笑い声は窓に当たり、思ったより近くへ返ってきた。
線は結局、細い灰色の傷のように残った。千紘が机を定位置へ押すと、朔良は境界線の上に小さく「休戦」と書いた。
「落書き増やしてどうするの」
「明日の係に消してもらう」
「明日も私たちでしょ」
下校のチャイムが鳴った。二人は鞄を持ち、教室の戸を閉める。
廊下の曲がり角で、朔良が右へ行きかけた。千紘は左へ向かいながら言った。
「今日、駅前の道で帰る?」
朔良は一度だけ振り返り、何でもないように境界線を越えてきた。