解約にならない数字
四半期評価の欄に、鹿取映見の判定はCと印刷されていた。
「顧客満足度は高い。でも、契約単価を下げすぎている。カスタマーサクセスも売上を作る仕事だからね」
面談室のモニターには、担当顧客の増減が赤と緑で並んでいる。映見の列だけ、赤い数字が多かった。
同じ画面の備考を一件ずつ開けば、解約理由を聞き直した記録や、利用者向け説明会の日付が出てくる。だが一覧には現れない。新しい席を売った仕事だけが緑になり、失わずに済んだ契約は、何もしなかったことと同じ色だった。
その朝も、一社の契約を三十席から十二席へ減らしていた。後輩は研修どおり、追加機能を無料にして三十席を維持する案を作った。映見は送信前に止め、利用履歴を開いた。実際に使われているのは十一席。担当者は「もう全部やめたい」と言っていた。
映見は値引きではなく、十二席への変更と三か月後の見直しを提案した。契約額は下がったが、解約予定だった百四十四万円の年間契約は残った。
「だから赤字だ。下げた十八席が減収として計上される」
上司の言葉に、映見は評価表ではなく集計条件を映した。〈前年度より単価が上がった更新のみ成功〉。同額更新も、減額して継続した契約も、すべて失敗に分類されている。
「この条件だと、解約を防ぐより、使わない席を売り続けた方が評価されます」
彼女は今朝の通話記録も開いた。後輩には、値引きへ進む前に「誰が使うか」「何が余っているか」「解約後に困ることは何か」を聞くよう伝えていた。その三問がなければ、顧客は競合へ移っていた。後輩は通話後、自分で次の顧客の利用人数を調べ、値引き案を作り直していた。映見はその記録も、自分の成果ではなく手順変更の効果として添えた。
上司はしばらく黙り、「営業リーダー候補から外れるかもしれない」と言った。
映見は、用意してきた目標シートを裏返した。昇格欄にはチェックを入れず、希望職種に〈顧客業務設計〉と書く。継続率、初回定着日数、同種問い合わせの再発率。その三つを次期指標として添えた。
「上へ行かないの?」
「行き先を選び直します」
映見は、赤い数字の下にある〈修正版を提出〉をクリックした。