訪問販売お断り
土岐村岳は、屋根の無料点検を口実に老人宅へ上がり込む仕事をしていた。
その日選んだのは、庭木の伸びた古い一軒家だった。呼び鈴を押すと、檜垣タヱと名乗る小柄な老女が出てきた。
「近くで工事をしていたら、瓦の浮きが見えまして」
別の家で撮った破損写真を見せると、老女はあっさり扉を開けた。玄関には〈訪問販売お断り〉の札が、なぜか外ではなく内側へ向けて掛けてある。
「息子さんとお住まいですか」
「息子はたくさんいるけど、みんな昼は外なの」
岳は独居と判断した。
居間で茶を待つ間、仲間へ〈年寄り一人。現金ありそう〉と送った。
棚には男物の財布、腕時計、名刺入れがいくつも並んでいた。名刺の肩書は、浄水器販売、害虫駆除、貴金属買取、太陽光設備。岳と同じような訪問業者ばかりだった。
「忘れ物ですか」
「息子たちが、最初に来たとき置いていったの」
老女は笑って茶を差し出した。
一口飲むと、舌が痺れた。
岳は立とうとしたが、膝に力が入らない。スマートフォンには仲間から返信が来ていた。
〈その住所やめろ〉
〈去年消えた先輩が最後に行った家だ〉
床下で、何人もの足音がした。
廊下の扉が開き、作業着や背広を着た男たちが一列に入ってきた。全員、首から古い名札を下げている。新聞の行方不明者欄で見た顔もあった。
「母さん、ただいま」
声はそろっていたが、目は誰も笑っていなかった。
老女は岳の鞄から契約書を抜き、氏名と住所を確かめた。
「岳ちゃんね。今日からうちの末っ子」
「警察が来るぞ」
「来ないわよ。あなた、自分がどの家へ入るか会社にも言ってないでしょう」
そのとおりだった。違法な仕事なので、訪問先は仲間にしか知らせない。
老女は玄関の札を指した。
「みんな、入ってから読むの。ここは訪問販売を断る家じゃないのよ」
男たちが岳の両腕を持ち上げた。
「一度入った訪問販売を、帰すのをお断りしているの」
外で次の呼び鈴が鳴った。
仲間が様子を見に来たらしい。
老女はうれしそうに立ち上がった。
「今日は息子が二人も増えるわ」