請求書の余白

 月末になると、姉は弟へ介護費用の請求書を送った。

〈紙おむつ 三二四八円〉

〈通院タクシー 四八二〇円〉

〈配食サービス 一万一六〇〇円〉

 弟は翌朝には半額を振り込み、件名へ〈精算済み〉と書いた。

 その二文字を見るたび、姉は腹が立った。

 母が夜中に転んだとき、救急車を呼ぶか迷った時間。薬を拒む母を説得した朝。施設を勧めれば「追い出すのか」と泣かれ、在宅を続ければ腰が痛む。そういうものは、どの欄にも書けない。

「金は払ってるだろ」

 久しぶりに来た弟へ言われ、姉は請求書の束を投げた。

「半分払えば、半分介護したことになるの?」

「仕事を休めないんだよ」

「私だって辞めたくて辞めたんじゃない」

「じゃあ、俺にどうしろっていうんだ」

 二人とも答えを持っていなかった。

 翌週、介護支援員との面談で、母が急に発熱した。

「今夜悪化した場合、誰が判断しますか」

 姉は反射的に「私が」と言いかけた。

 支援員は弟を見た。

「電話で相談を受け、必要なら来られますか」

 弟は初めて、請求書にない仕事を渡された顔をした。

「できます」

 その夜から、弟が週三回〈判断当番〉を引き受けた。母の様子を映像で確認し、訪問看護へ連絡し、姉が眠っている間の電話を受ける。

 最初の当番で、母から「テレビのリモコンがない」と午前二時に連絡が来た。

 弟は二十分つき合い、結局、母の枕の下から見つけた。翌朝、姉へ報告した。

「緊急じゃなかった」

「緊急かどうかを決めるまでが介護なの」

 弟は黙ったあと、「分かった」と言った。

 次の請求書から、姉は一番下へ新しい欄を作った。

〈一人で決めなかった回数 七回〉

 金額は書かなかった。

 弟も〈精算済み〉とは返さなくなった。姉はその月、母の物音で目を覚まさず、朝まで眠れた夜を二度持てた。その二度は請求書に載せなかった。

〈来月は九回を目標〉

 借りた時間も、削れた気力も、半分にはできない。

 それでも二人は、見えなかった負担へ名前をつけ、片方だけの仕事にしないところから始めた。