賞状の裏に落書き
両親が小さな家へ移ることになり、姉と弟は子ども部屋の片づけを任された。
壁には姉の賞状が十七枚。押し入れには弟の絵が段ボール三箱。
「優秀な娘は壁、失敗作は箱か」
弟が言うと、姉は画鋲を抜く手を止めた。
「その絵、捨てられなかっただけでしょう」
「母さんは捨てろって言ってた」
「だから私が隠したの」
弟は信じなかった。
箱の底には、弟が描いた家族四人の漫画もあった。父だけ顔が大きく、姉は王冠をかぶり、弟自身は紙の端で小さく手を振っている。姉は、その小ささが昔から嫌だった。
姉は昔から家族の誇りだった。試験は一番、委員長、推薦入学。弟は忘れ物が多く、絵ばかり描いて、父に「姉を見習え」と言われた。
「守った顔するなよ。比較される側の気持ちなんか知らないだろ」
「比較に使われる側の気持ちも、あなたは知らない」
姉は賞状を床へ落とした。
「一度失敗すると、家族全員が顔を曇らせた。あなたは怒られて終わり。私は次も一番じゃないと、姉でいられない気がした」
弟は言い返しかけ、古い賞状の裏に色鉛筆の跡を見つけた。
角の生えた怪獣が、泣いている女の子へ傘を差している。弟が小学生のころ描いたものだった。横には姉の字。
〈今日だけ、失敗してもいい?〉
姉が初めて試験で二番になり、布団の中で泣いた夜。弟は怪獣を描き、「二番なら怪獣界では王様」と言った。
「覚えてたの」
「忘れてた」
弟は怪獣の絵を見つめた。
姉は、父に処分されそうな弟の絵を、賞状の裏へ一枚ずつ貼っていた。表には家族が望んだ姉、裏には弟が描いた勝ち負けのない世界があった。
二人は賞状を全部持っていかなかった。
一枚だけ選び、額の中で裏表が見えるように挟んだ。両親の新居へ飾ると、父は賞状の面を表にしようとした。
弟が手を止めた。
「今日は怪獣の番」
姉も言った。
「来週は賞状でいい。どっちも私たちだから」
壁の上で、怪獣は相変わらず傘を差していた。
姉弟は初めて、優秀な姉と失敗する弟ではなく、互いの裏側を知っている二人として並んだ。