赤灯のない十七秒
取調室で笹生が繰り返すのは、殴られたことではなかった。
「赤い灯は、消えてなかった」
鴫原冬真警部補は、机上の記録を見た。繁華街での職務質問。笹生は逃走し、路地で確保された。逮捕した堂前巡査部長のボディーカメラには、路地へ入る直前と、手錠を掛けた直後が残っている。その間、十七秒。診断書には頬骨骨折。堂前は転倒による負傷と報告し、機器担当は「電池接触不良」と結論づけた。だが故障したはずの本体は、点検票も残さず交換済みになっていた。
「赤信号のことか」
「違う。あの人の胸。地面に押さえられたとき、目の前で光ってた」
監視窓の向こうで、弓削管理官が二度、指を鳴らした。打ち切れという合図だった。堂前は県警の射撃大会で三連覇し、警察学校では後輩の面倒見がいいことで知られている。弓削は今朝、鴫原へ言った。たった一人の前歴者の言葉で、二十年働いた警察官を潰すのか、と。
鴫原は取調べを終え、笹生を戻した。空になった椅子を見ながら、念のため取り寄せた路地入口のコンビニ映像を再生する。粗い画面の端に、黒いショーウインドーがあった。堂前と笹生が通過する一瞬、ガラスに赤い点が映る。
一コマ送る。赤い点は胸の高さで揺れ、路地の奥へ消えた。
電池が外れたなら、録画表示灯も消える。少なくとも路地へ入った時点で、カメラは動いていた。十七秒は撮れなかったのではない。撮ったあとで消されたのだ。
弓削が入ってきた。
「反射光だ。そんなものを証拠と呼ぶな」
「機器不良と断定する根拠よりは強いです」
「報告書はもう上まで通っている。書き直せば、敵に回すのは堂前一人じゃないぞ」
鴫原は答えず、映像の一コマを静止画にした。赤い点を丸で囲まず、そのまま添付する。見る者が自分で気づくように。
報告書の結論欄から「接触不良」を削除し、「記録後の人為的消去の疑い」と打ち込んだ。宛先に監察室と検察庁を追加する。
弓削の手が肩へ伸びるより先に、鴫原は送信キーを押した。