踏切の向こうで三度鳴る

二十二時十七分、鐘ヶ江卓真の携帯が三度鳴った。

『兄貴、ブレーキが戻らない』

弟は会社の配送車に乗っていた。背後で警報機が鳴り、硬貨が転がる音がする。第四踏切まで四十二秒。卓真は整備主任として命じた。

「サイドを引け。ギアを一速へ落とせ」

金属音。弟の息。衝突。

目を開けると、携帯が三度鳴った。机には、さっきまで弟の車に貼られていたはずの青い点検済証がある。

二度目はエンジンを切らせた。ハンドルロックがかかり、車は遮断機を折って線路上で止まった。

三度目は踏切の手前で電柱へぶつけさせた。荷台の工具箱が運転席を押し潰した。

以後は差分だけが積み上がった。窓を開けろ。靴底でペダルを戻せ。左の畑へ突っ込め。弟は毎回、最後に同じことを言った。

『昨日、兄貴が見た車だろ。大丈夫って判を押した』

卓真は青い点検済証を裏返した。糊の下に、メーカーから届いた赤い紙片が貼りついている。制動ホース亀裂、即時運行停止。社長である父に命じられ、卓真が廃棄した通知だった。配送を一日止めれば会社は資金繰りに詰まる。だから二十六台すべてに青い判を押した。亀裂を見つけた若い整備士には見間違いだと言い、再検査の予約まで卓真自身が取り消した。青い判は安全の証明ではなく、今日だけ会社を延命するための札だった。

成功条件は弟への正しい助言ではない。第四踏切で、車と列車を衝突させないことだ。

次の着信で、卓真は弟に何も命じなかった。通話をスピーカーにし、社内サーバーを開く。隠していた通知、改ざん前の点検表、父の音声指示を、運輸局と警察と全社員へ一斉送信した。最後に車両管理画面の〈重大事故緊急通報〉を押す。それは会社の位置情報を鉄道指令と警察へ直送し、接近列車へ非常制動をかける代わりに、全運行記録を自動提出するボタンだった。

『兄貴、何した?』

「隠してたものを、全部止めた」

弟の車は遮断機を折って線路上へ出た。だが今度は、列車のブレーキ音が衝突より先に途切れた。二十二時十八分へ進んだ時計を見て、卓真は青い点検済証を二つに裂いた。

会社の門前にパトカーが止まる。父からの着信が三度鳴ったが、今度は取らなかった。卓真は両手を見える位置に上げ、玄関へ歩いた。