返信不要の朝
焼き物の写真を載せる私のアカウントは、母の死後、四十日間止まった。
母は店の会計と梱包を担当していた。私が作った不格好な器にも、「この子は手に持つと分かる」と説明文を書いた。最後の入院の日まで、発送用の紐を切っていた。
四十一日目の夜、私は作業台の写真を投稿した。
〈もう土に触れません。店もアカウントも閉じます〉
すぐに通知が並んだ。
〈頑張って〉
〈お母さまのためにも続けて〉
〈才能を無駄にしないで〉
どれも善意だった。けれど「続ける」と答えなければ、母を裏切るような気がして、私は投稿ごと消そうとした。
そのとき、知らないアカウントから非公開メッセージが届いた。
〈返信不要です。
今朝、あなたの青いマグで白湯を飲みました。
今日は土に触らなくて大丈夫です。
店も閉めて大丈夫です。
ただ、あのマグで朝を始められた人が一人いたことだけ、置いていきます〉
励まされなかった。
再開を待つとも言われなかった。
だから初めて、悲しいままでいてよいと思えた。
私は投稿を消さず、通知を閉じた。
翌朝、作業場へ入った。土には触れず、母が切り残した梱包紐を束ねた。それだけで終えた。
次の日は、棚を一段拭いた。
一週間後、乾きかけた土へ霧吹きをかけた。
三か月後、小さな湯飲みを一つ焼いた。
店を再開したわけではない。注文も受けなかった。ただ、その湯飲みの写真へ、こう書いた。
〈今日はここまで〉
最初に届いた反応は、あの人からの「いいね」一つだった。
あの人は、その後も一度も「待っていました」と書かなかった。代わりに、ときどき朝の飲み物の写真を載せた。青いマグが写る日も、別の器の日もあった。私の器だけを特別扱いしないことまで、やさしかった。
数年後、別の作家が、身近な人を亡くして〈もう描けない〉と投稿した。公開欄には励ましがあふれていた。
私は非公開メッセージを送った。
〈返信不要です。
あなたの絵を、今日も壁に飾っています。
描かなくて大丈夫です。
消さなくても、消しても大丈夫です。
ただ、ここに一人、見ていた人がいます〉
小さな親切は、立ち上がらせることではない。
倒れたままの人へ、返事を求めず朝を一つ置いていくこともある。