返却時刻十八時

弓削理人は毎朝、駅前ロッカーで通勤用身体へ乗り換える。肩幅が広く、膝も痛まない二十代型。脳波接続が済むと、寝たきりの本体は保管槽で眠り、彼は八時十二分の電車へ走った。

レンタル身体は契約終了時刻になると、利用者の意識を本体へ強制送還する。事故中でも、災害中でも、例外はない。それが月額料金を安く保つ唯一の規則だった。

その夕方、地下街で火災が起きた。

理人は煙の向こうに、妹の依央を見つけた。足を挟まれ、床に伏せている。彼女も同じ会社の身体を借り、パン工場で働いていた。

「兄ちゃん、あと何分?」

視界の隅に《契約終了まで 04:18》と浮かぶ。

理人は鉄骨を持ち上げようとした。通勤型の筋力なら動かせる。だが二人分の身体利用料は、父の医療費を払った今月だけ最低プランだった。延長には一体七万円。火災による需要上昇で、価格はさらに跳ねている。

理人は自分の延長を切り、依央の端末へ送った。

《決済失敗》

《延長は契約者本人の口座に限ります》

「私、残高ない」

依央が笑った。給料日は明日だった。

残り二分。理人は鉄骨の下へ腕を差し込み、皮膚が裂けるのも構わず持ち上げた。依央の脚が抜ける。

「行け!」

二人は非常口へ走った。扉まで十メートル。

《00:10》

依央が理人の手を握る。

「本体の病室、隣だよね」

「目が覚めたら看護師を呼べ」

「兄ちゃんも」

数字がゼロになった。

借り物の指から、同時に力が抜けた。二つの身体が非常口の前へ崩れる。理人の意識は、十二キロ離れた保管施設の痩せた本体へ戻った。

瞼を開けても、呼吸器の管で声が出ない。

隣の槽では警報が鳴っていた。依央の本体は、長期昏睡用の低酸素設定のまま動かない。火災現場で転倒した貸出身体が非常口を塞ぎ、救助隊の到着も遅れていると画面に出た。

やがて通知が届く。

《身体二体を返却しました》

《火災臭および裂傷の清掃費を請求します》

請求額の下に、依央の次回出勤予約が表示されていた。

明日の午前七時。返却された身体は修理後、別の利用者へ貸し出される。

妹の本体だけが、契約者の起床確認を待ち続けていた。