返却時重量九十五キロ
文化祭の翌日、演劇部の主役だった播磨坂郁莉が行方不明になった。
上演したのは『茨の棺』という古い戯曲だった。最終場面で、王女役の郁莉が木製の棺へ横たわる。蓋を閉じて舞台袖へ運び、底板から抜け出したあと、白いヴェールを着けてカーテンコールに出る手筈だった。
私は大道具係として、袖で棺を受け取った。
舞台上から三回、内側を叩く音がした。予定どおりの合図だった。ところが袖へ運んだあとも、四回目、五回目と音が続いた。
「底板が引っ掛かってるんじゃない?」
私が言うと、部長は首を振った。
「音響の残響だよ。客席に聞こえたら台無しになる」
部長は棺へ毛布を掛けた。
それでも、布の下から細い音がした。
カーテンコールには、郁莉と同じ背格好の代役が出た。顔はヴェールで隠れていたので、観客は気づかなかった。
終演後、郁莉の姿がないことを顧問へ伝えると、部長は「本番前に口論して、途中で帰った」と説明した。棺は借用品なので、閉館前に宅配業者へ渡された。
一週間後、警察が部室へ来た。
学校の防犯映像には、郁莉が校舎を出る姿がない。スマートフォンの最後の位置情報も体育館だった。
私は、棺の底板がどうなっていたか尋ねられた。
「蝶番で開くはずです」
「返却された品を調べたところ、底板は外側から六本の木ねじで固定されていました」
本番前の点検では、ねじなどなかった。
工具箱の電動ドライバーを使えるのは、私と部長だけだ。
警察官は宅配伝票の写しを机へ置いた。
貸出時重量、五十三キログラム。
返却時重量、九十五キログラム。
差は四十二キログラム。
郁莉が健康診断で申告していた体重と同じだった。
「返却先で棺は開けられなかったのですか」
私は尋ねた。
警察官は伝票の受領印を指した。
貸し出した葬祭会社の倉庫ではない。
同じ会社が運営する市営斎場の印だった。
備考欄には、部長の字でこう書かれていた。
〈舞台で使用済み。中身を確認せず、そのまま焼却してください〉
その下に、受領時刻がある。
カーテンコールの六回目の拍手が始まったころ、棺の内側を叩く音は、まだ続いていた。