追加された顔

アプリ検証会社に勤める羽鳥川玲司は、民俗資料館から持ち込まれた試作品を担当した。名称は「手鏡」。旧野守村の《手返し》をスマートフォンだけで再現し、失せ物の在りかを映すという。

仕様書は一ページしかない。

【儀式手順】

暗い部屋で前面カメラを起動し、画面の中の自分へ三回拍手する。

《最後の拍手のあと、前面カメラに掌を見せてはいけない》

村では、掌を見せる行為を「鏡の向こうへ身元を渡す」と呼んだらしい。玲司は迷信を笑ったが、テスト項目に「禁則違反時の表示」があった。誰かが一度は試さなければならない。

午前一時十三分、会議室の照明を消し、画面収録を始めた。

一回。二回。三回。

拍手の残響が消える前に、アプリが白い枠を出した。

〈掌を認識させてください〉

仕様書と正反対だ。玲司は不具合の再現を優先し、右手をカメラへ向けた。一度だけ、指を開いた。

画面の中の玲司は手を上げなかった。

代わりに、彼の肩越しから青白い掌が伸び、レンズへぴたりと貼りついた。映像はそこで暗転した。

翌朝、玲司はバグ管理票へ記録した。

【結果】クラッシュ。再起動後、アプリ消失。

【補足】画面収録には異常なし。拍手は二回しか記録されていない。

同僚は「三回目、そもそも誰と叩いたんですか」と聞いた。録音を聞き直すと、最後だけ二人分の音が重なっていた。

失せ物検索の結果欄だけは初期化後も残った。対象は、玲司が学生時代になくした黒い定期入れ。地図のピンは会議室でも自宅でもなく、常にスマートフォンの前面カメラから三センチ奥を示した。端末を裏返すと、距離も同じだけ反転した。

玲司はその挙動も不具合票へ追加したが、添付したスクリーンショットには、定期入れを持つ青白い掌が大きく写っていた。彼の画面には見えていなかった。

玲司は端末を初期化した。顔認証も登録し直し、仕事を続けた。夜、帰宅して机に置いたスマートフォンが、触れていないのに解除された。

ロック履歴を開く。

〈03:13 顔認証に成功〉

〈使用した登録情報:顔2〉

玲司が登録したのは顔1だけだった。

直後、設定画面に日常的な確認文が現れた。

〈顔2を、この端末の所有者にしますか?〉