透明な投票箱

 生徒会長選挙の朝、九重日和の机には、本人の知らない公約が貼られていた。

《部活動を半分に減らします》

 同じビラは廊下にもばらまかれ、登校してきた生徒たちが遠巻きに読んでいた。日和が剥がしていると、対立候補の伴野瑠美が通りかかった。

「選挙って、普段の人望が出るよね」

 瑠美の取り巻きが笑う。日和の演説原稿も、机の引き出しから消えていた。

 昼休み、全校放送で立会演説会が始まった。瑠美は壇上で、協調性と信頼を何度も口にした。最後に日和へ視線を向ける。

「自分の公約すら管理できない人に、生徒会は任せられません」

 拍手が起きた。

 日和は空のファイルを持ってマイクの前へ立った。原稿はない。けれど、保健室前の段差を直すこと、図書室の開館時間を延ばすこと、部活を減らすどころか合同練習の交通費を作ることは、何度も先生と話していた。

「私は、書いていない約束ではなく、ここで自分の言葉を話します」

 一分ほど話したところで、放送委員長が手を上げた。

「演説を一度止めます」

 体育館がざわつく。委員長の後ろに、情報担当の教師が立っていた。

 スクリーンへ、校内プリンターの利用記録が映る。昨日の十七時四十三分、図書室。印刷ファイル名《九重偽公約・最終》。利用者欄には、伴野瑠美の生徒番号が残っていた。

「カードを盗まれたの!」

 瑠美が叫ぶ。

 次に、図書室入口の映像が出た。カードをかざし、紙束を抱えて出てくる瑠美自身が、時刻表示と一緒に映っていた。

 日和は朝、剥がしたビラを一枚も捨てず、選挙管理委員会へ渡していた。紙の右下には校内プリンター固有の微細な番号があり、原稿用紙の折り目には瑠美のクラスで使う蛍光ペンの跡もあった。消えた演説原稿は図書室の返却箱から見つかり、同じ映像には瑠美がそれを押し込む姿まで残っていた。

 選挙管理規定が読み上げられる。虚偽文書の配布と候補者への妨害は、立候補取消しの対象だった。

 教頭が瑠美の候補者章を外した。

 放送委員長は、静まり返った体育館で時計を戻した。

「九重さん。あなたの持ち時間は、ここから残り二分です」