通知に映った月のマーク

経理部の御影堂紗雪は、昼休みにもイヤホンをしない。話しかけられたらすぐ返事をし、机には社名入りの卓上カレンダーしか置かない。誰も、彼女が夜になるとファンアカウント「こもれび便」で、アイドルユニットASTER9の出演情報を分単位でまとめているとは知らなかった。

月曜の定例会で、紗雪は自分のノートパソコンを会議室のモニターにつないだ。資料を開いた瞬間、画面右上に通知が滑り込む。

〈こもれび便さんの月マーク早見表、公式より見やすいです〉

アイコンは、紗雪が毎晩描いている銀色の月だった。

指が止まった。十二人の視線が通知へ向くより早く、隣席の豊崎主任が立ち上がった。

「私のほうが最新版です。共有を切り替えます」

モニターが暗くなり、会議は何事もなく続いた。紗雪は数字を読み上げたが、自分の声が遠かった。

終了後、主任は廊下の給湯室で小さな月のチャームを見せた。公式グッズではない。紗雪が抽選で十人に贈った手作り品だった。

「三年前、入院中の妹に、毎朝あなたの予定表を読んで聞かせてた」

妹は退院後も月マークの一覧を壁に貼り、試験の日には出演予定へ丸をつけてから家を出るという。紗雪は、自分の投稿など新しい情報に押し流されるものだと思っていた。保存され、誰かの生活の目印になっていたとは考えもしなかった。主任はその話を、功績を数えるようではなく、返しそびれた手紙を渡すように語った。

主任はそれ以上、アカウント名を口にしなかった。

「会社で言うつもりはない。言うかどうかは、御影堂さんが決めることだから」

紗雪は、守られた安堵より先に、誰かの朝に自分の文章があったことへ驚いた。

翌日、卓上カレンダーの横に銀色の月を置いた。昼休み、後輩が「かわいいですね」と言う。

紗雪は反射的に、いただきものです、と答えかけた。

「私が作ったんです。好きな人のマークで」

それだけ言うと、机は昨日と同じなのに、座っている自分の輪郭だけが少し濃くなった。