通知センターに一人います
針生菫のスマートフォンに、見覚えのない通知が届いたのは、午前零時十二分だった。
〈周辺情報:台所の蛇口が、三十秒後に止まります〉
故障した蛇口から、さっきまで一定の間隔で水が落ちていた。菫が時計を見ると、きっかり三十秒後、音がやんだ。
翌晩は、もっと妙な内容だった。
〈玄関前の人物は、あなたが眠るまで待機します〉
ドアスコープをのぞいても、廊下には誰もいない。管理会社のアプリにも、防犯カメラにも、動くものは映っていなかった。
通知を長押しすると、注意書きが現れた。
〈この通知を開くと、送信者へ既読・現在地・顔写真が共有されます〉
すでに開いたあとだった。
それから毎晩、通知は少しずつ近づいた。
〈玄関前の人物が、室内の音声を確認しました〉
〈玄関前の人物が、合鍵の形状を記憶しました〉
〈玄関前の人物は、現在、玄関前にはいません〉
最後の一文を読んだとき、寝室の床が一度だけ軋んだ。
菫は翌朝、スマートフォンを初期化した。ところが再起動直後、写真アプリに新しいアルバムができていた。
〈送信者から共有〉
中には自宅の写真が百枚近くあった。台所、浴室、押入れの奥。すべて誰もいない部屋を撮ったものだったが、最後の一枚だけ、眠っている菫が写っていた。
撮影位置は、枕のすぐ横だった。
菫は部屋へ戻らず、駅前のホテルを取った。スマートフォンの電源を切り、バッテリーが尽きるまで動画を流した。午前一時、真っ暗になった画面が勝手に明るくなる。
〈位置情報を更新しました〉
〈送信者が到着しました〉
廊下でカードキーの読み取り音がした。
菫は内鍵を掛け、机を押しつけた。
次の通知は、画面いっぱいに表示された。
〈本人確認を行います。端末を顔の前へ向けてください〉
拒否を押しても消えない。仕方なく画面を持ち上げると、前面カメラに青ざめた自分の顔が映った。
その肩越しに、同じ顔の女が立っていた。
菫は振り返らなかった。
画面の中の女だけが笑い、菫の顔の横から顎を出した。
〈所有者を確認しました〉
〈現在この端末を所持している人物は、所有者ではありません〉
〈端末の回収を開始します〉
背後から手が伸び、スマートフォンをつかんだ。
「通知、見たね」
菫自身の声だった。
画面が消える直前、最後の通知が届いた。
〈周辺情報:この部屋には、一人しかいません〉