速度をつなぐ者
「補助職《継走士》。戦力外だな」
王国騎士団の選抜官バルガスは、水晶板を見て鼻を鳴らした。
【職業:継走士/技能:速度譲渡】
【効果:一人の仲間の速度を、次の仲間へ加える。譲った者は停止する】
剣も魔法も強くならない。しかも一人を止めて一人を速くするだけ。前世で陸上部の補欠だったアルヴェクには、その評価がひどく懐かしかった。
「帰れ。戦場は運動会ではない」
そのとき、城門の外で警鐘が鳴った。訓練用の鉄巨人が制御を失い、石橋を踏み砕きながら市街へ向かっている。正面に立った女騎士ミュレナの槍さえ、胸の装甲に傷一つつけられなかった。
アルヴェクは厩舎へ走った。
「軍馬を十二頭、一直線に並べてください。全員、臨時隊員として登録を」
笑う兵士に、彼は選抜用の札を突きつけた。規則上、札を持つ者とその騎乗馬は同じ隊だ。アルヴェクは衝撃吸収用の訓練スライムにも、小さな札を結んだ。
巨人はすでに市場まで三百歩。橋の向こうでは、避難に遅れた子供たちを兵が抱えて走っている。ミュレナが血のついた頬で厩舎へ戻り、荒い息で問うた。
「十二頭ぶんの速さを受けたら、私は壁まで止まれない」
「突き抜けたら、腰の小瓶にいる訓練スライムへ渡してください。あれも臨時隊員です」
前世のリレーで勝敗を決めたのは、走力だけではなく、バトンを渡す一瞬だった。この技能のバトンは、物ではなく速度そのものだ。
十二頭が城壁沿いを駆ける。一頭目が最高速に達した瞬間、アルヴェクは技能を発動した。速度を二頭目へ。止まった一頭目の蹄から火花が散り、二頭目は矢のように跳んだ。その速度を三頭目へ、さらに四頭目へ。重ねるたび、空気が破裂した。
最後の速度を受け取ったのは、槍を構えたミュレナだった。
「腕を振らないで。穂先を巨人の胸へ置くだけでいい!」
彼女の身体が消えた。次の瞬間、鉄巨人の背から槍先が飛び出し、巨体が膝をついた。ミュレナは穂先が抜けた瞬間、腰の小瓶へ触れた。速度を受けた訓練スライムが青い線となって堀へ飛び込み、彼女は城門前でぴたりと止まった。遅れて衝撃音が空を叩いた。
沈黙の中、バルガスは割れた選抜水晶を拾った。
「一人を速くする職ではなかったのか」
「いいえ。みんなの速さを、最後の一人に預ける職です」
選抜官は戦力外の印を二本線で消し、その下に新しい配属を書いた。
――王国騎士団、戦術隊長付。
「アルヴェク。次は百騎をつないでみせろ」