遺族欄の外側
沈没船〈しらゆり丸〉の船体が、四十四年ぶりに引き上げられた。
遺品返還所から届いた葉書には、丹代央紀の腕時計が見つかったとあった。私は始発に乗り、海沿いの仮設庁舎へ向かった。
央紀は毎朝、鏡の前でネクタイを曲げた。私が結び直すと、「帰るまで、このままにしておく」と笑った。弁当には必ず卵焼きを二切れ入れた。甘すぎると文句を言いながら、残したことは一度もない。
事故の日も、私はシャツへアイロンをかけ、玄関で襟を直した。
「夕飯は鯖でいい?」
「帰ったら考える」
それが最後の会話になった。
返還所の若い職員は、申請書を見て困った顔をした。
「ご関係を証明するものはありますか」
「四十四年、一緒に暮らした家の権利書なら」
「相続人である証明が必要なんです。配偶者、子、兄弟姉妹……」
私たちの住民票は別々だった。央紀の両親はとっくに亡くなり、遠縁の親族は事故直後、私を葬儀から追い出した。
鞄から、束ねた手紙を出した。出張のたびに央紀が寄越したものだ。献立の注文、洗濯物の場所、帰ったら観たい映画。どれも最後に〈家で待つ、いちばん大事な人へ〉とある。
職員は規則集をめくった。
「お気持ちは分かりますが、友人では……」
「友人なら、毎晩同じ布団で帰りを待ちません」
声が思ったより大きく響いた。
奥から責任者が現れ、腕時計を机に置いた。海水で文字盤は白く濁っていたが、裏蓋の傷は覚えている。央紀が酔って階段から落とした跡だ。
責任者が小さな留め金を押すと、裏蓋が二重に開いた。
中から、切手ほどの写真が出てきた。
海辺で肩を組む、若い男が二人。片方は央紀、もう片方は、まだ髪の黒かった私だった。二人の左手には、同じ銀の指輪が光っている。
若い職員は写真と、目の前の老人を見比べた。
「お二人は……」
「夫婦でした。国がそう書かなかっただけで」
長い沈黙のあと、責任者は申請書の〈友人〉を二本線で消した。余白に〈事実上の配偶者〉と書き、時計を私の掌へ載せた。
止まった針は、事故時刻の午後六時十二分を指していた。
私は四十四年ぶりに、央紀のネクタイを直すように、濡れた革ベルトを撫でた。
遺族欄の外側にいた私のところへ、ようやく夫が帰ってきた。