金の卵は午前七時

「遺産のうち、毎朝金の卵を産むものは、最も早起きした者に譲る」

弁護士が遺言書を読むと、稲房家の居間から眠気が消えた。

「金の卵って、本物の金?」と長男の岳。

「比喩でしょう。高収益事業よ」と姉の奈津芽。

「どちらにせよ鶏小屋は私が管理する。生き物にストレスは禁物だから」

「昨日まで鶏を鳥と呼んでた人が?」

「鳥は鳥でしょ」

「相続会議で分類学を始めるな」

祖父の農園には、古い鶏小屋と雌鶏が一羽だけ残っていた。名札には〈コバン〉とある。

岳は電卓を叩いた。

「卵一個が百グラムとして、純金なら約百五十万円。年五億」

「鶏の寿命を勝手に事業計画へ入れないで」

「餌代は経費だ」

「金を産む鶏に普通の餌をやる気?」

「では金箔を」

「成分が循環するだけよ」

二人はその夜から鶏小屋の前に寝袋を敷いた。午前四時、岳が目を開けると、奈津芽はすでに椅子に座っていた。

「いつから起きてる」

「寝てない」

「それは早起きではなく徹夜だ」

「遺言に睡眠時間の定義はないわ」

「異議あり」

「ここは法廷じゃない」

「弁護士を呼ぶ」

「午前四時に?」

「遺産五億だぞ」

言い争ううち、近所の叔母まで加わった。

「私は三時半にトイレへ起きたから一番ね」

「二度寝したでしょう」

「目は覚めてたわよ」

「意識の継続を証明してください」

「夢の内容なら覚えてる。巨大な目玉焼きに追われた」

「むしろ寝てた証拠だ」

午前七時。コバンが、こつんと茶色い卵を産んだ。

三人は黙った。

「……茶色だな」

「内側が金かも」

「割るな、資産価値が落ちる!」

岳は遅れて来た弁護士へ詰め寄った。

「“最も早起きした者”の判定を」

「目覚めた時刻を自己申告で」

「徹夜は?」

「早起きではありません」

奈津芽が立ち上がった。

「では今から一秒寝て起きます」

「相続法を仮眠で攻略しないでください」

そこへパン屋の店主が籠を持って現れた。

「おはようございます。〈黄金卵〉、今日も一個いただきます」

「これが?」

「先代が育てたブランド卵ですよ。黄身が濃くてね。予約が半年待ちです」

岳が震える声で尋ねた。

「一個、おいくらで?」

「三百二十円です」

金色だったのは、三人の計算だけだった。