金庫室の二十一秒
宝飾ホテル《白曜館》の朝礼で、客室係の藍原小町は、支配人代理の梶谷陣平に腕をつかまれた。
「伯爵夫人の蒼玉が、おまえの更衣箱から出た」
銀のブローチが机へ置かれる。昨夜、小町が清掃した貴賓室から消えた品だ。梶谷は全従業員を集め、彼女の箱を自分で開け、布袋の底から取り出してみせた。
「貧しい母親へ仕送りしているそうだな。魔が差したのだろう。今ここで認めれば、警察には届けず解雇だけで済ませてやる」
仲間の視線が痛い。けれど小町は泣かなかった。
「その更衣箱、昨夜は封印されていました」
「だから何だ。封印が無傷だったから、おまえが入れた証拠だ」
梶谷は勝ち誇り、証拠保全報告書へ署名した。〈午前七時四十分、封印を初めて破り、本人の箱から発見〉。さらに、剥がした銀色の封印札を添付する。
そこへ総支配人と警備官が入ってきた。小町は封印札を裏返した。
白曜館の札には、肉眼では見えない青い透かしが焼きつく。発行者の職員番号と、貼り直した時刻だ。警備官が鑑定灯を当てると、数字が浮いた。
〈発行者KJ―04。午前七時十九分〉
梶谷の胸章と同じ番号だった。
「偽物だ!」
「でしたら、こちらも偽物でしょうか」
総支配人が金庫室の記録を映す。蒼玉を保管棚から出したのは午前七時十八分。梶谷の親指で承認され、その二十一秒後に小町の更衣箱前で新しい封印札が発行されている。
梶谷自身が提出した報告書には、〈封印は昨夜から一度も交換されていない〉と署名済みだった。
小町は、差し出されていた退職届を静かに二つに折った。
警備官が報告書を閉じる。
伯爵夫人は、蒼玉を盗まれたこと以上に、小町を人前で泥棒呼ばわりしたことへ怒っていた。彼女は「この人は昨夜、私が眠れない時に温かい茶を運んでくれた」と証言し、梶谷が用意した示談書を破った。周囲で目を伏せていた従業員たちも、次々に小町の前へ立った。もう誰も、梶谷の命令にうなずかなかった。
「梶谷陣平。窃盗および証拠捏造の容疑で、逮捕状を執行する」