金曜日の白いフリージア

金曜の朝だけ、霧生千景の机には白いフリージアが一本あった。

小さな紙コップに挿され、送り主の名はない。最初は営業先からのお裾分けだと思った。けれど三週続くと、総務の千景にも調べたい気持ちが芽を出した。

候補は三人。毎朝いちばんに来る後輩の瀬尾。社内便を運ぶ深町。花店を担当している営業の片桐。

千景は届くたび、紙コップの底へ日付を書いた。机の端には四本分の空のカップが並んだ。嬉しくないわけではない。朝の白い花は、慌ただしい金曜の机を少しだけ静かにした。けれど総務には、匿名の苦情や善意を装った要求も届く。名前がないものを、ただ喜ぶことが苦手になっていた。

手掛かりは、茎を包む紙だった。裏返すと、六階だけで使う金曜会議の議題表。切り口には、給湯室の片方だけ欠けた鋏と同じ小さな段差。そして花は、社内便が動き出す八時半より前に置かれている。

翌週、千景は七時五十分に出社した。給湯室から、鋏の音がした。

瀬尾はフリージアを持ったまま固まった。

「すみません。勝手なことを」

一か月前、瀬尾は共有ファイルを上書きし、千景に休日出勤をさせた。本人が謝ろうとしたとき、千景は別の同僚に「謝られると、あの子はもっと縮こまるから。来週ちゃんと笑ってくれたら、それでいい」と話していたらしい。

瀬尾は毎週、祖母の墓に供える花束を買う。その中から一本だけ抜き、言えなかった謝罪の代わりにしていた。

千景は、休日出勤の日に瀬尾から何度も届いた〈何か手伝えますか〉を、全部〈大丈夫〉で返したことを思い出した。自分もまた、相手が入ってくる扉を閉めていたのだ。

「報告書に私の名前を書かなかったことも、ずっと気になっていて」

「隠したんじゃないよ。直した人の名前だけ書いたの」

千景がそう言うと、瀬尾の肩がようやく下がった。

その日、二人は花を会議室の窓辺へ移した。昼休み、瀬尾が買ってきたミルクパンを半分ずつに割る。

千景は白い香りのそばで一口かじった。

「来週からは、花より先に、おはようって言ってね」