釜底の星印

自立援助ホーム「風待ち」に来て二週間、折原郁都の荷物はリュック一つのままだった。棚を使えば、長くいる気になりそうで嫌だった。

夕方、六人分の米を入れた炊飯器が、炊き始めて三分で沈黙した。表示も消えた。管理人は夜勤、財布を合わせても新しい物は買えない。

「鍋で炊くしかないな」

槙野省一が戸棚から古い両手鍋を出した。百瀬帆乃は米をざるへ移し、郁都へ計量カップを押しつけた。

「俺、今夜で出るかもしれない」

「米は今夜食べるでしょ」

それだけで作業は続いた。郁都は建設現場の寮で覚えた通り、米の表面に指を立てて水を測った。省一は火加減を見張り、帆乃は冷蔵庫の残り物で卵スープを作った。鍋蓋が細かく鳴り、蒸気が台所の窓を曇らせる。

焦げた匂いがしたとき、省一が火を止めようとした。

「まだ。ここで開けたら芯が残る」

「詳しいじゃん」

「前に失敗しただけ」

十分蒸らして蓋を開けると、米は少し硬かった。それでも六つの茶碗は空になった。最後に鍋底をこそげると、焦げの真ん中からメーカーの星印が現れた。帆乃はそれを割って三等分し、黙って一片を郁都の皿へ置いた。

夜中、郁都はリュックを背負った。行き先は駅前の二十四時間営業店しかない。玄関へ向かう途中、炊飯器の上にラップをかけた茶碗があるのを見つけた。マスキングテープに、〈郁都 朝の分〉と書いてある。

前の家では、母の同居人が機嫌を損ねるたび、郁都の食器だけ流しへ投げた。だから自分の茶碗を持つことも、翌朝の米を残してもらうことも、どこか危険に思えた。ここでも皆が寝静まれば、名前の札は剥がされるかもしれない。郁都はラップの端を一度めくり、まだ温度の残る米を確かめてから、きっちり戻した。

食卓の端には、まだ空の棚札が二枚残っていた。郁都は自分の札の隣へ油性ペンを置いた。次に来る誰かが、名前を書けずに立っていても困らないように。

郁都は靴を履かなかった。鍋を洗い、星印が見えるよう伏せてから、リュックを玄関ではなく自分の棚の下へ押し込んだ。