銀盆を蹴る王獅子

王宮で飼われる黄金の王獅子グランヴァルは、七人の獣使いを病室送りにしたことで有名だった。

戴冠祝宴の朝も、銀盆に盛られた極上肉を前足で弾き飛ばし、大広間を震わせるほど唸っている。近衛兵は槍を構え、料理長は厨房下働きのマレイアを盾にするように押し出した。

「お前が焦がした肉の匂いで怒ったんだ。片づけてこい」

マレイアは怖かった。けれど、王獅子が踏み出すたび、右の後ろ足だけ床につかないことのほうが気になった。

彼女は目を合わせず、銀盆を遠ざけた。磨き粉の刺激臭が鼻を刺す。代わりに木皿へ肉を移し、自分の前掛けを床に敷いた。

「食べなくていいです。足だけ、見せてもらえませんか」

笑い声が起きた。獣に言葉が通じるものか、と。

だがグランヴァルは唸りながらも、浮かせていた足を前へ出した。肉球の奥に、黒い王棘草の針が深く食い込んでいる。庭の柵を飛び越えた時に刺さったのだろう。

マレイアは厨房の毛抜きを火であぶり、冷ましてから針をつまんだ。王獅子の牙が耳元まで迫る。逃げずに一息で抜くと、血が一滴、前掛けへ落ちた。

温い塩水で洗い、蜂蜜軟膏を塗る。包帯を結び終えた途端、グランヴァルは木皿の肉を三口で平らげた。

「食べなかったのは、銀の匂いが嫌だったのですね」

王が玉座から立ち上がった。歴代の王獣が食事の器を選んだ例はなく、まして手当てを許した者はいないという。

料理長が「偶然です」と叫んだ瞬間、グランヴァルは彼を一瞥し、マレイアの前で巨体を伏せた。金の額に浮かんだ契約紋が、彼女の手首へ同じ形で灯る。

次いで王獅子は当然のように頭を彼女の膝へ載せ、目を閉じた。

マレイアを盾にした料理長は、獣の不調を隠した責任で厨房を外された。代わって彼女には王獣の献立を決める権限が与えられる。最初の命令は豪華な銀食器の撤去と、欠けてもすぐ替えられる木皿を二十枚用意することだった。グランヴァルはその決定にだけ、満足そうに尾を鳴らした。

誰も動けない大広間で、マレイアだけが鬣へ指を沈める。陽だまりを束ねたような毛は熱く、両脚が痺れるほど重かった。