鍋のふたを二人で押さえる

千早は、みそ汁にキャベツを入れる人間を信用していなかった。妹の灯子は、冷蔵庫にあるものを全部「具」と呼ぶ。二人で住み始めて三か月、台所のルールはいつも喧嘩の種だった。

その夜も、千早は長ねぎと豆腐だけを出した。灯子は期限が今日までのキャベツを抱え、「捨てるほうが罪」と言った。

「みそ汁は逃げ場じゃない」

「食材に逃げ場を作ってるんだよ」

言い合いながら、ふたりは各自のスマホを伏せた。実家のグループに、母から同じ文面が届いていた。父が入院した。大丈夫だけど、来なくていい。母はいつも、来なくていいと書く人だった。

千早は電車の時間を調べた。灯子は鍋にキャベツを入れた。千早が「やめて」と言いかけたとき、ふたが浮いた。煮え立った汁がコンロにこぼれそうになる。

灯子がふたを押さえた。千早も同じふたの反対側に手を置いた。熱がステンレス越しに伝わり、二人で同時に「熱っ」と声を出した。

「行くの?」

灯子が聞いた。

「来なくていいって書いてある」

「行かない理由にはならないよ」

「行く理由にもならない」

また違う答えだった。それでも千早は火を弱め、灯子は保存容器を出した。二人分のみそ汁を小分けにして、母に持っていく分を別にした。キャベツは確かに甘くなっていたが、千早は認めなかった。

駅へ向かう前、灯子が鍋のふたを流しに置いた。千早は濡れた指でその縁を拭いた。二人は何も励まし合わず、同じエコバッグの片側ずつを持った。中で、キャベツ入りのみそ汁が小さく揺れた。

改札で、千早は母に電話をかけた。灯子は横から口を出さず、紙袋の底をもう一度持ち直した。母が「本当に来なくていいのに」と言ったとき、千早は答えに詰まった。灯子も、代わりに言わなかった。ただ二人で改札を通り、同じホームの白い線の内側に立った。

父の病室に着く頃には、みそ汁は少し冷めていた。灯子は温め直す場所を探し、千早は紙コップを三つもらった。渡し方だけは、どちらも迷わなかった。