鍋底に残る一皿
母が凌平の父と再婚したのは、凌平が二十一、朔が十七のときだった。二人とも大人になりかけていて、兄弟になるには少し遅かった。朔は凌平を「そっち」と呼び、凌平は朔を「おまえ」と呼んだ。それで困ることは、ほとんどなかった。
母が胆石で入院した夜、父は夜勤を代われず、凌平が久しぶりに実家へ来た。冷蔵庫には、母が買ったらしい豚肉と、朔が放置したしなびた玉ねぎがあった。
「カレーでいいか」
「俺、甘口」
「知ってる。昔、鍋に蜂蜜入れて怒られただろ」
「覚えてたんだ」
朔は包丁を持つと、玉ねぎを妙に細かく刻んだ。凌平は肉を焼き、焦げ目がついたところで水を注いだ。台所は狭く、背中が何度もぶつかった。そのたび、どちらも謝らなかった。
煮込んでいる間、母からメッセージが来た。〈二人ともちゃんと食べて〉。朔は画面を伏せ、「退院したら、また小言だな」と言った。凌平は「その方が楽だ」とだけ返した。
味見をすると、妙に辛かった。朔が甘口の箱ではなく中辛を開けていた。
「蜂蜜、入れるか」
「それはもう卒業した」
代わりに牛乳を足した。味は少しぼやけたが、食べられないほどではない。二人は向かい合わず、テレビの方を見ながら食べた。朔は二杯目をよそい、凌平は何も言わず福神漬けをそちらへ押した。
帰ろうとした凌平が靴を履くと、朔が台所から小さな保存容器を持ってきた。鍋底に残っていた一皿分が詰められている。
「明日の昼、これ食えよ。コンビニばっかだろ」
「おまえは」
「冷凍うどんある」
朔は容器の上に、銀色の鍵を置いた。昔、凌平が返した実家の合鍵だった。
「母さん、退院するとき荷物多いだろ。先に入って待ってろ」
それ以上の理由は言わなかった。凌平も礼を言わず、鍵ごと容器を鞄に入れた。
翌日の昼、会社の休憩室で蓋を開けると、カレーの上にゆで卵が半分載っていた。朔は卵を食べない。昔からそうだった。
凌平は空になった容器を洗い、鍵をその中へ戻しかけて、やめた。鍵は社員証の隣に通した。容器だけなら、また返しに行ける。