鏡磨きの曇り

鏡廊のいちばん奥は、誰も見ない。王族は中央の大鏡だけを使い、端の小さな鏡に指紋を残すのは、たいてい泣き顔を隠しに来た侍女だけだった。

ミレーヌは夜明け前、その一枚に塩を振った。

鏡は塩で磨けば、最後に前で語られた嘘を、真実の姿で映す。ただし磨いた者の「確かだった記憶」が一つ曇る。

昨日、王妃の杯から毒が出た。杯を運んだ第二王女は地下に閉じ込められた。けれど宴のあと、ミレーヌはこの鏡の前で侍従長が笑うのを見ていた。

「姫君は、昔から手癖がお悪い」

誰もいないと思って、そう言った声まで覚えている。嘘を映せば王女は助かる。代わりに何を失うかは、鏡が選ぶ。

第二王女は、侍女の顔を覚える珍しい人だった。冬の配膳でミレーヌが指を切ったときも、宴席へ向かう足を止めて包帯を結び、「見えないところで働く人が、いちばん多く城を支えているのね」と言った。その言葉を証言しても、身分の低い侍女の声など、侍従長の印章には勝てない。

布を持つ手が止まった。胸元には、古びた木の櫛がある。妹が城下を出る朝、髪を梳いてくれたものだ。

――磨くときは端から。真ん中を急ぐと、自分の顔しか見えなくなるよ。

妹の声は、疲れた夜ほど鮮やかだった。王宮で名もない働き手として過ごすミレーヌに、帰る場所があると教えてくれる声だった。次の休暇には一緒に林檎酒を飲む約束もしている。忘れたくない記憶は、いくつもある。鏡がどれを取るかは選べない。

地下から鐘が一つ鳴った。取り調べ開始の合図だ。廊下の角には、証言を退けた衛兵が二人立っている。ミレーヌは彼らの見ている前で、布を滑らせた。

塩が雪のように鳴り、鏡の中で宴の夜がほどける。第二王女の背後から伸びた侍従長の手が、銀の小瓶を杯へ傾けた。

衛兵が息を呑む。片方が地下へ、もう片方が侍従長の部屋へ走った。

鏡は真実を映し終えると、静かに曇った。

ミレーヌは胸元から落ちた木の櫛を拾った。丁寧に磨かれた歯、柄に刻まれた小さな花。大切な品らしいのに、誰からもらったのか分からない。

「端から、だったかしら」

口にしてみても、続きを教える声は、もうどこにもなかった。