閉店後の三合

赤星柊真が弁当屋「ひだまり」に入って半年、給料日は三度遅れた。今月はまだ二日しか遅れていない、と自分を慰めていた夜、業務用炊飯器が鈍い音を立てて止まった。

「明日の予約、十八個」

稲見が伝票を見た。店長は腰を痛めて病院にいる。新しい炊飯器を買う金はない。赤星は、これで店を畳む理由ができたと思った。明け方のネットカフェに戻り、求人サイトを開けばいい。

稲見は倉庫から黒い文化鍋を出した。

「三合ずつなら、これで炊ける」

「何回やる気ですか」

「六回」

二人は米を量った。最初の鍋は水が少なく、芯が残った。赤星が捨てようとすると、稲見はその米をボウルに移し、熱湯を足して蓋をした。

「食えるものは、まだ終わってない」

説教のようで腹が立ったが、赤星は二度目から指の節で水位を測った。稲見は具を詰め、赤星は火を見た。四鍋目で稲見の指が止まった。昨夜から何も食べていないらしい。赤星は芯の残った一鍋目を小さな握り飯にし、海苔も巻かずに作業台へ置いた。稲見は礼を言わず、一つを二口で食べ、もう一つを赤星の側へ押した。午前三時、狭い厨房は湯気で窓まで白くなった。火加減を見る役と具を詰める役は、いつの間にか何度も入れ替わっていた。六鍋目を下ろすころには、予約分の飯と、少し焦げたまかないが残った。

稲見は焦げを自分の椀へ多くよそい、もう一つを赤星の前に置いた。

「俺、今週で辞めるつもりでした」

「そう」

「止めないんですか」

「辞める人にも朝飯は要る」

醤油を垂らしただけの飯は、妙にうまかった。店の借金も、遅れた給料も、そのままだった。予約十八個を売ったところで何もひっくり返らない。

夜明け前、赤星は裏口の鍵をレジ横へ置いた。返すつもりだった。稲見はそれを拾うと、油性ペンで鍵札に「早番」と書き、彼の弁当袋へ入れた。

ネットカフェの受付で、赤星は袋の底に鍵があるのを確かめた。返しに行くのは、今日でなくていい。そう思いながら、アラームを、いつもの早番より十分早い午前五時半に合わせた。