隔離終了予定日

 私が地下の隔離室へ入ってから、今日で四百二十一日になる。

 夫は、事故の後遺症で免疫が極端に弱くなったのだと説明した。外気に触れれば命に関わる。食事は二重扉の受け渡し口から入り、会話はガラス越しの内線だけ。夫も白い防護服を着て面会した。

「あと少しで新しい治療が始まるよ」

 彼は毎週そう言った。

 室内に窓はない。日付は、夫が差し入れる新聞と壁のカレンダーで確かめた。新聞は一面しかなく、裏はいつも白紙だった。

 ある朝、薬の包装に〈使用期限 二〇三六年十一月〉と印刷されているのを見つけた。

 カレンダーは二〇二七年だった。

「印刷ミスだよ」

 夫は笑った。

 その夜、換気口の向こうで子どもの声がした。

「パパ、下の人にもケーキあげる?」

 夫の声が、すぐそばで答えた。

「静かに。あの人は病気なんだ」

「前のお母さんより?」

 何かが落ち、会話は途切れた。

 翌日から、夫は内線に出なくなった。

 受け渡し口へ入った食事には、見覚えのない子どもの絵が敷かれていた。家族三人が庭で手をつなぎ、家の地下にだけ黒い四角が描かれている。

 裏には、拙い字で書かれていた。

〈ここにいるひと、いつおそとにでるの〉

 私は受け渡し口へ腕を伸ばした。外側の扉は普段、夫が閉めている。けれどその日は少しだけ開いていた。

 隙間から書類を一枚引き寄せた。

 生命保険会社から夫へ届いた通知だった。

〈被保険者死亡日 二〇二六年五月十四日〉

〈死亡者 配偶者〉

〈保険金支払済み〉

 私が事故に遭った日だった。

 新聞もカレンダーも、あの日から一年分を繰り返していただけらしい。

 内線が鳴った。

『見たのか』

 防護服を着ていない夫が、ガラスの向こうに立っていた。髪には白いものが増え、私の知らない指輪をしている。

「今は何年なの」

『外へ出たら、君は死んだことになっている』

「病気は?」

 夫は答えず、受け渡し口を閉めた。

 廊下で子どもが尋ねた。

「パパ、隔離はいつ終わるの?」

 夫は鍵を二つ掛けながら言った。

「前のお母さんが、ここにいたいと言わなくなるまでだよ」