雨漏りの下に芽が出る
真壁温人が山あいの集落へ移って三か月、古民家の屋根はまだ雨を止めきれていなかった。
広告会社にいた頃の温人なら、修繕業者を三社比較し、工程表を作り、最短の日程を選んだだろう。けれど今は、黒光りする梁の下へ青いバケツを置き、ぽつ、ぽつ、と落ちる音を聞いている。
移住初日に書いた「やること一覧」は、壁いっぱいになった。屋根、床、井戸、畑、薪棚。ついでに地域の特産品を売るウェブサイトまで考えた。
向かいの老女は紙を眺めて笑った。
「家も畑も、あんたより長く待てるよ」
温人には、その言葉が少し腹立たしかった。
雨の翌朝、裏の畑へ出ると、土が柔らかく黒くなっていた。先月、半分投げやりに埋めたじゃが芋から、緑の芽がいくつも出ている。
「何もしてないのに」
「埋めたでしょう」
塀越しに老女が言った。
「したことを、すぐ結果にしようとしなかっただけ」
温人は長靴で畑へ入り、芽の周りへ土を寄せた。濡れた土は重く、鍬を一度入れるたびに腕が疲れた。けれど画面の数字と違い、自分がどこまで進んだかは、足元を見れば分かった。
昼には、老女が葱と味噌を持ってきた。温人は台所の床板をまたぎ、まだ傾いたままの卓袱台で、じゃが芋の味噌汁を作った。使った芋は店で買ったものだったが、鍋の湯気を見ていると、畑の芽まで一緒に煮えているような気がした。
午後、屋根へ上がるのはやめた。
代わりに雨漏りの位置を一か所だけ確かめ、瓦の下へ防水紙を差し込んだ。全部は直らない。次の雨では、また別の場所から落ちるかもしれない。それでも今日の一滴は減る。
夕方、雨が戻ってきた。
青いバケツへ落ちる音は、昨夜よりゆっくりだった。温人は縁側へ座り、湯呑みを両手で包んだ。庭から湿った土と若い葉の匂いが上がり、台所には味噌汁の温かな香りが残っている。
壁の一覧から、温人は「屋根を完成させる」を消し、「明日、芽を見る」と書き直した。
ぽつ、と一滴落ちた。その音は失敗ではなく、まだ暮らしの途中だと知らせる合図に聞こえた。