雨粒の席順

終礼のあと、教室に戻ったのは、机の中に数学のノートを忘れたからだった。

窓を開けたまま帰った誰かのせいで、雨の匂いが教室いっぱいに入り込んでいた。さっきまで晴れていた空は墨汁をこぼしたようで、校庭の白線がたちまち薄れていく。

後ろの扉のところに、隣の席の子が立っていた。

「傘、ないんだ」

いつもなら、それだけ言ってスマホを見る人だった。けれど今日は、誰もいない机の間を歩き、窓際の席に腰を下ろした。濡れた前髪が額に貼りついている。体育館から昇降口まで走ってきたらしい。

僕も傘を持っていなかったので、二人で雨脚が弱まるのを待った。

会話は、明日の小テスト、購買のパン、担任の口癖と、どうでもいいところをぐるぐる回った。二人きりになると、普段は声の大きい彼女が妙にゆっくり話すことを知った。

やがて窓ガラスが白く曇った。

彼女は人差し指で四角を六つ描き、その下にも四角を並べた。教室の席順だった。いちばん後ろの窓側に丸をつける。

「次の席替え、ここがいい」

「景色がいいから?」

「ううん」

彼女は、その隣の四角にも丸をつけた。

「誰の席?」と聞くと、彼女は僕の名札を指で軽く弾いた。普段なら冗談で返せるのに、その音だけが教室に響き、僕は急に自分の席がひどく遠くにあるように感じた。

僕は何も言えず、窓の外を見た。雨はまだ強い。帰れない時間が、急に短く感じられた。

廊下から用務員さんの足音がして、彼女は慌てて手のひらで席順を消した。丸はすぐに崩れたのに、二つ並んでいた跡だけが、薄い水滴になって残った。

そのとき、昇降口のほうから「雨、上がったぞ」と誰かが叫んだ。

彼女は立ち上がり、鞄を肩にかける。

「残念」

どちらの丸について言ったのか、僕は聞けなかった。

外へ出ると、西の空だけが明るくなっていた。傘のいらない帰り道で、僕たちはいつものように一メートルほど離れて歩いた。けれど曲がり角まで、窓に残った二つの水滴が、ずっと肩を並べているように見えていた。